デザインはパナソニックをいかに変えた?組織、制度、開発…多面的に紐解くインハウスの現在地
“パナソニック村”の中でずっと議論し続けていると、組織内の「内輪」なロジックで善し悪しを判断してしまいかねない。するといずれ、組織から新しいものが生まれなくなる危険性がある。だからこそ、「外との接点」が重要だと考えているんです。
近年、ITをはじめとして、大手メーカー、金融やサービスなど多種多様な事業会社でインハウスデザイナーの活躍を耳にする機会が増えてきた。
制作こそが花形だったのも過去の話。社会的インパクト、待遇面の優位性、バイネームでも活躍が可視化されやすくなったことなどもあり、著名なクリエイターがインハウスへ移る事例も増えている。
それと並行するように、「インハウスデザイナーの活躍が、大きな企業を変革しつつある」という話を耳にするようにもなった。その代表例とも言えるのが、歴史ある大手メーカーが商品群単位で明らかに品質が上がっていたり、ブランド認知に劇的な変化を遂げたり、複雑なサービスの体験が素晴らしく明瞭になっていたり……といった現象だろう。
そんな中でも、とりわけ目覚ましい成果を生み出しているのがパナソニックだ。例えば、2023年度グッドデザイン賞で金賞受賞した電気シェーバー「ラムダッシュ パームイン」は画期的なデザインにより一般生活者からも大きな注目を集めた。その他にも、ドライヤーや美顔器などの美容家電が好評を集めたり、生活家電の意匠に黒色がより多く使われるようになったりと、単純な機能性だけでなく「暮らし」に馴染むデザインや体験を追求して、さまざまな商品がアップデートされている。
こうした背景には、2017年から実施されてきた全社的なデザイン変革や組織体制の刷新などがあるという。組織そのものの変化から商品開発のプロセスまで、パナソニック内でいかに変化が進んでいったのだろうか。
全社的なデザイン組織の変革を主導してきたデザイン本部長の木村博光と、「SOLOTA」などの開発を手掛けたくらしプロダクトイノベーション本部・シニアデザイナーの松本優子に、大企業のインハウスデザイン組織が優れたプロダクトを生み出すようになるまでの過程について語っていただいた。
パナソニックらしい世界観を生む「引き算の商品企画」
ここ数年、パナソニックは明らかに従来とは一線を画す商品を生み出しはじめている。
単身世帯向けパーソナル食洗機「SOLOTA」もその最たる例のひとつだ。
これまで食洗機を使ってこなかったひとり暮らしの人々をターゲットにした同機は、開発段階での入念な生活様式のリサーチが反映されている。狭いキッチンにも置きやすいコンパクトサイズや、タンク給水方式で分岐水栓の取り付けを不要としている。
「家電っぽさ」を極力抑えた炊飯器「ビストロ Vシリーズ」もそこに名を連ねる商品群のひとつだ。
従来の炊飯器は、四角でも円形でもない工業製品感のある形状をしていたため、キッチン空間では違和感のあるデザインになりがちだった。
そこで同機は、“かまど”のような日本の和食文化に基づく円筒形状を採用。これが暮らしの中に溶け込みながらも、プロダクトとして印象的な存在感を生み出している。
こうした従来の常識を覆すような発想から商品が生み出される背景には、「引き算の商品企画」という開発方針がある。そう語るのは、全社的なデザイン変革を主導する「デザイン本部」部長を2023年4月より務める木村だ。
- 木村
高度経済成長期以来、商品企画では機能のアドオン(足し算)を基調とした考え方が主流でした。しかし近年のパナソニックデザインでは、「引き算の商品企画」という、お客様が本当に求めるものを突き詰める指針を重要視しています。
例えば、商品企画の机上に機能案が10個並んでいたとして、それを全て盛り込むのではなく「一番大事な機能はどれか?」と問いかけて選び抜かなければならない。盛り込む機能や要素を徹底的に削ぎ落とす過程で、必然的に洗練されていくのです。
意匠面が洗練された背景には、「アイコン化」という考え方も、大きな役割を担っているという。
そのデザインが求められている背景やプロダクトの持つ意味を深掘りして、「象徴的な形」へと落とし込む。そうすることで、各商品の競争力を高める独自性を追求しながらも、顧客に本質的な価値をもたらす機能や特長に絞り込まれたミニマルな商品群となり、パナソニックとしてひとつの世界観を構築していく。
実際、SOLOTAには「これがなければ大コケしていたかもしれない」と木村が賞賛するアイデアが盛り込まれている。その発案者・くらしプロダクトイノベーション本部デザインセンターの松本優子は次のように語る。
- 松本
SOLOTAは前面だけでなく背面にも透明なガラスを採用し、「抜け感」が出るようになっています。キッチンに置いたときに、圧迫感なく空間に馴染み、インテリアとして成立するようにしたかったからです。「機能的には必要のない仕様を、コストをかけてまで加える必要があるのか?」という疑問の声も上がりましたがその方がSOLOTAというキャラクターが際立ち、逆説的に人々の印象に残る佇まいになると考え、このアイデアを提案しました。
また炊飯器ビストロにも、松本は「アイコン化」の発想に基づくとある工夫を凝らしている。「かまど」のようなアイコニックな形状を実現するために、炊飯器の「ハンドル」をなくしたことだ。
- 松本
従来の炊飯器にほぼ必ず付いていたハンドルは、持ち上げて機体の置き台を拭くことを想定したものでした。でも、このモデルは重さが6〜7kgもあり、「こんなに重いものを本当に日常生活で持ち上げるのか?」と思ったんです。
ただ、事業部側は、「これで助かっているお客様もいるはず」と、今まであったものをなくすことには不安を抱きやすい。だからこそ、私たちは実際にお客様にアンケート調査をしてエビデンスを取ったり、粘り強く内部で説得や調整をして、一つひとつの常識を引き算していきました。そうした地道な積み重ねが重要なんです。
「ともにいいものを作る仲間」への道筋
とはいえ、こうしたプロダクトの変化を実現するのは、デザインだけの尽力では難しい。
例えば、炊飯器ビストロでは暮らしに馴染む円筒形状やコンパクトサイズを実現するために、基盤のレイアウトから設計し直している。いちデザイナーの意見を起点にするには、なかなか大きな変更を要したようにも見える。
前例を踏襲しがちな大企業の中で、このような明確な変化をデザイナー起点で生み出せているのはなぜだろうか。それは、デザイナーが商品企画の中核にいることが社内で当然のこととして理解されているからではないか。
2021年4月に元デザイン本部長の臼井重雄がパナソニック史上初・デザイナー出身の執行役員に就任するなど、その動きは組織人事からも見て取れる。
だが、その道筋は決して容易ではなかったはずだ。旧来のメーカーにおいてデザイナーはスタイリングを担う側面が強いはず。強弱はあるにしろ同社にもそうした意識は一定あっただろう。そこからデザイナーの役割、立ち位置、価値発揮の仕方を徐々に変化させてきたのが、臼井をはじめ同社でデザインを牽引してきた面々のここ5〜10年弱の歩みだ。
現・デザイン本部長の木村は、その中でも象徴的な出来事としてグループ会社各社に分散していた家電デザインの組織を集約した拠点「Panasonic Design Kyoto」と、グループ内のデザイナーを集約した組織「デザイン本部」の立ち上げに言及した。
2018年〜2019年にかけて行われたこれらの活動により、同社内は必然的にデザインとの向き合い方を構造的に変えることとなる。その結果、少しずつ、ものづくりのプロセスからデザインの扱い方、デザイナーの役割にいたるまで変化を重ねていったからだ。
- 木村
パナソニックグループは複数の事業会社が並ぶ“縦割り”の組織で、かつてはその中でデザイナーがバラバラに所属する体制を取っていました。しかし、それではデザイナーたちの意見がなかなか集約されず、構造的に立場が低くなってしまう。
経営層からの「デザインに注力しよう」というトップダウンの指針を出してもらうのも手ですが、それには時間もかかる。そこで、僕たちデザイナー自身が起点となり中心を担う組織をつくろうと働きかけていきました。場所も組織としてもバラバラになっている各デザインセンターを集約。意思統一やガバナンスを効かせやすくすることで、「求心力」を生み出そうと尽力してきたんです。
とはいえ、そのような大きな変革には必ず反発が生じる。パナソニックにおいても、大規模な組織変革や新制度導入に対して、各事業部からの反感は少なからず存在していたと木村は振り返る。
- 木村
デザイン本部の設立は、数十人規模のデザイナーが在籍する組織の組成を意味していました。したがって多少は仕方ないものの、当初はやはり各事業部やデザインセンターから戸惑いの声が聞かれることもありましたね。
それでも怯まずに、とにかく成果を出すことへ意識を向け地道な施策を続けていった。
- 木村
その裏では、経営層や各事業会社との対話や議論を重ねていきました。「僕たちはこうしたい」と伝えるのはもちろんのこと、「今からこのテーマに着手しなければ、5年後にこの商品は廃れてしまう」「早くリソースを投入しなければ」といったリアルな危機感も共有。認識の統一を図るべく、さまざまな声をもらいつつ幾度も議論を重ねていきました。
また、「Panasonic Design Kyoto」のような中核拠点をつくることは、デザイナーの目線を揃えて創造性を高めるメリットがあるが、空間的な隔たりによってビジネスサイドや技術者との間で分断が生じてしまうリスクもある。
各事業部の拠点へと意識的に足繁く通ったことは、そうした分断を回避する意味でも重要だと松本も口を揃える。
- 松本
本来、私はあまり「絶対に顔を突き合わせた方がいい!」といった価値観は好きではないんです。ただ結局プロダクトデザイナーは「モノを見せながら会話する」という場面がどうしても発生する。そのときフットワーク軽く動いて、事業部や工場の人と会話をしながら認識をすりあわせることが、商品開発にとっては重要だと思っています。
もちろん、対面すれば良いという単純な話ではない。そこへ向かう土台として、対等に議論する相手としての信頼を獲得する努力も不可欠だった。
- 松本
私が入社した2017年前後くらいは、デザイン組織と事業部が牽制しあっていると感じたシーンも少なからず存在していました。言いかえれば、デザインは他の機能要件やコストを犠牲にしてプロダクトの見栄えをよくする集団だと思われていた。
ですが、ここまで話してきたデザイン本部の組織変革や地道な活動に加えて、デザイナーたちが各々の仕事の中で都度「期待」に応え続けたことで、少しずつ事業部との足並みがそろっていった。「デザイナーは色や形を決めるだけの存在ではなく、一緒にいいものを作っていく仲間である」という認識が少しずつ全社に浸透していったんです。
革新的な商品が生み出される“仕組み”
このような地道な“組織内での立ち回り”に加え、デザイン本部は“ものづくり自体”へも着実に変化をもたらしていく。
通常、多くの企業では経営企画やマーケティング部門などビジネスサイドが事業計画に基づく商品企画を策定し、それを受け取ったデザイン部門は要件に合ったデザインを提示する流れで商品開発が進行する。
だがパナソニックでは、上流工程の段階で例えば「炊飯器をモデルチェンジするので次の機種を考えてほしい」といった大まかなお題がデザイナーに提示される。商品開発から携わっていける裁量の広さが与えられているわけだ。
さらにデザイン本部では、革新的な商品が生まれやすくなるためにいくつかの仕組みを導入した。
ひとつが、デザイン組織のメンバーが新たな未来志向のプロダクトのアイデアを提案する制度「Advanced Design Review(ADR)」。年に数回開催されるADRでは、デザイナーが個人的に発想した「こんな商品があったらいい」というプロダクトを自由に提案できる。アイデアが採択されると予算が付与され、新規商品開発のプロジェクトが立ち上がる仕組みだ。
実際に、2023年のグッドデザイン金賞を獲得したシェーバーのラムダッシュ パームインなど、ADRからは数々のヒット商品が生まれている。
- 木村
目指す未来をいち早く形にして提言することで、経営層や各事業部にデザインの重要性への理解を広げて根付かせたい──そう考え設計したのがADRです。デザインドリブンでの企画・起案を通し、確かな実績をいち早く作りにいきました。
デザイン本部が整えたのは、ADRのような現場デザイナーの発想をボトムアップに取り入れる仕組みだけではない。社外の有識者などを招いて、デザインをブラッシュアップしていく「Design Direction Review(DDR)」と呼ばれる制度も設けられた。
- 木村
DDRは、商品コンセプトやデザインがある程度固まった段階で外部の有識者がレビューする仕組みです。従来のデザインレビュープロセスは、デザイナーが事業部長など社内の意思決定者にプレゼンするものでしたが、外部の有識者を交えてより開かれた環境でフィードバックをもらうことで、デザイナーはよりアイデアを洗練させていくことができます。
いうなれば“パナソニック村”の中でずっと議論し続けていると、組織内の「内輪」なロジックで善し悪しを判断してしまいかねない。するといずれ、組織から新しいものが生まれなくなる危険性がある。だからこそ、「外との接点」が重要だと考えているんです。
「信頼の蓄積」がデザインの活躍を広げていく
このように、ADRのような現場のデザイナー起点のアイデアを取り入れる土壌に加えて、外部有識者からのフィードバックを含めて商品コンセプトを磨き上げていく仕組みを実装したことが、パナソニックから革新的な商品が生まれるひとつの大きな要因となった。
だが、デザイン本部が組織体制として強いガバナンスを効かせられていることで、逆に現場のデザイナーから自発的なアイデアが生まれづらくなることはないのだろうか。
- 木村
デザイン本部がトップダウンに「これをやれ」ということはほとんどないんです。松本のようなデザイナーがボトムアップに起案してきたものを、あくまでデザイン本部は受け取ってレビューしていく。
各個別の提案ごとに次にどうするか判断は異なりますが、「このアイデアは組み合わせたら良さそう」など、さまざまなアイデアを束ねて編集していくと、次に向かうべき大きな方向性がだんだん見えてくるんです。
一方で、現場のデザイナー側はADRのような場であっても事業部側の視点も念頭に置いたうえで提案することがポイントだと松本は加える。
- 松本
事業計画によって開発のテーマはある程度方向付けられているので、事業部がやろうとしていることを理解せず、まったく新しいアイデアばかりを提案してもすぐに却下されてしまいます。
事業部と同じ方向を向きながら、目指す姿を叶えるための提案を心がけること。そして、普段から事業部側との信頼関係を築くこと。こうした意識をデザイナー側も強く持っています。
しかし、そうした汲み取りに力を入れても、これまでの成功体験をもとに前例主義でビジネスがうまくいっている間は、デザイナー起点でボトムアップに提案されたアイデアが事業部や技術者から歓迎されないこともあるという。
- 木村
例えば20年近く売れ続けてきたロングセラーの商品に対して、明確な戦略やイメージを持って「デザインを変えましょう」という提案を事業部に持ち込むと、やはり戸惑われることが多いんですね。「ちゃんと売れて利益も出ているし、なぜ変えなければいけないのか?」と。
ただ、丁寧に説明して理解を得ながら、事業側もある種挑戦の意味で出した新商品が実際に売れると、一気に流れが変わります。「松本さんのおかげです!」と喜んでくれるんですよね。
開発中は見向きもされていなかった商品も、売れた瞬間に評価が大きく変わる。SOLOTAに至っては「最悪コケても仕方ないか」と言われていたと松本は明かす。
- 木村
たしかに評価が180°変わった瞬間はびっくりするのですが、それは悪いことじゃないと思うんです。なぜなら、それは信頼関係が生まれた証でもあるから。
もちろん売れるだけではなく、良いデザインができた、新たなコンセプトが生まれた、あるいは難しい諸条件をまとめてプロダクトに落とし込めた……さまざまな形で、デザイナーへと信用は蓄積していく。そして、それが経営層からのトップダウンな「デザイン経営」などの方針と合わさり、一気に組織全体にデザインの力が波及していくのだと思います。
近年、デザインに注力する重要性は、メーカーのみならずスタートアップから大手IT企業まで、幅広い会社で謳われている。
だが“重要”といえど扱い方はさまざま。特に大企業において浸透し活かすのはそう容易ではない。パナソニックはその難易度を理解した上で地道に丁寧に、そして実直に変化を積み重ね続けてきた。
「いかにビジネスサイドなど他部署でも、デザイナーをメンバーの一員として受け入れてもらうか」「デザイン組織と他部署の距離をいかに縮めて目線を合わせていくか」──そうした課題と幾度も直面しつつも、その都度成果を出し続けて信頼を築く。非常に地味な話だが、そうした積み重ねの先にこそ、“変革”が存在している。
あるべき未来を描き、そこへ向けて地道に実装し続ける。そうした胆力こそ、これからインハウスデザイナーが活躍していく上で必要な素養なのかもしれない。