メガバンクが“攻めのデザイン”を重ねられる理由──SMBC DESIGNチームに聞く、インハウスのデザイン組織づくり
見据える時間軸の違いや、それぞれにとってのプロジェクトの位置付け、関わる組織の数やメンバーの多様性などさまざまな変数を織り込みながらアップデートし続ける。それこそが、インハウスデザイナーの姿勢として重要なことなのではないだろうか。
近年、インハウスデザイナーの活躍が目立つようになった。
デジタルプロダクトを軸に拡大するIT系企業はもちろん、長年インハウス組織を擁してきたメーカーなど大手企業、そしてこれまで“インハウスのデザイナー”がいなかった環境でさえ、その重要性が再認識され、めざましい成果をあげている例がある。
他方で、インハウスデザイン組織の運営の課題も、さまざまに顕在化しつつある。
経営やマネジメント層や他部門のデザイン理解が乏しく孤立してしまったり、表層的な取り組みにとどまり、限定的な価値発揮しかできなかったりするケースも耳にする。玉石混交の相談が持ち込まれ、その切り分けに疲弊したり、あるいは“社内下請け”的構造に陥ったりするケースもあるだろう。
「デザイン」を事業の確かな推進力とするにはどうすればいいのか。designingでは2024年にフォーカスするテーマとして「インハウスの時代」を掲げ、その要諦を探っている。インハウスデザイナーが働く理想的な環境について探るべく、本記事で取り上げるのは、三井住友銀行(以降、SMBC)の「SMBC DESIGN」チームだ。
2016年に同行としては初のインハウスデザイナーが入行し、以降着実に企業内にデザインドリブンのプロダクト・事業開発を浸透させてきた。その取り組みは「デザインを企業文化に浸透:SMBC DESIGNチームの取組」として2023年グッドデザイン賞を受賞。他にも複数の各種カードや口座、ポイントなどをひとまとまりにした総合金融サービス「Olive」、「三井住友銀行アプリ/三井住友カードVpassアプリ」など、高く評価されている。
SMBC DESIGNチームは、いかにしてデザインのプレゼンスを高めてきたのか。デザイナーの野田智美、デザインマネージャーの松下耕太郎、デザインプログラムマネージャーの米本滉貴に話を聞いた。
デザイナーがプロフィットセンターに所属していることの意味
金融系のWebサービスやアプリを利用する機会は少なくないだろう。しかし、サービスごとに複数のアプリに分かれているもの、ユーザー視点からはほど遠いUI,UXのもの、場合によってはレガシーシステムの存在を感じさせるものなども見られ、ユーザーファーストの体験を提供できているものはそう多くないのではないか。
その中で、脚光を浴びているサービスの一つに総合金融サービス「Olive」がある。
Oliveは一言でいえば、一つのアカウントでさまざまな金融サービスにアクセスできるサービスだ。
銀行口座やカード、証券、保険といった複数のサービスを一つのIDとアプリで一括管理でき、口座開設もオンラインのみで完結させることができる。グループ会社である三井住友カードとの連携によりマルチナンバーレスカードを発行し、カード1枚でキャッシュカード・デビット・クレジット・ポイント払いといった複数の決済手段を使い分けることも可能。グループ会社だけでなくほかの金融機関、カード、電子マネーなどの利用状況も把握可能で、お金の流れを一括管理・把握できる。
2023年3月のサービス開始から1年4か月で会員300万人を突破。ユーザーの5割近くが20代以下とデジタルネイティブ世代にも支持されている。
デザイン戦略とサービス企画を推進するデザインマネージャーの松下耕太郎は、SMBC DESIGNチームが “攻め”の姿勢を取り続けられる理由の一つに、チームの位置付けを挙げる。
- 松下
私たちの所属するリテール(編注:個人向けの事業)IT戦略部はリテール事業部門に属していて、いわゆるプロフィットセンターの中にあります。事業・システム企画担当者と私たちデザイナーとが机を並べています。
社内にデザイナーがいることは珍しくないかもしれませんが、他職種と一緒に現場やお客さまに向き合っているからこそ、経営戦略や事業に連動したデジタル戦略を策定したり、サービスの企画立案からリリースまでデザイナーが一貫したプロジェクトに取り組みやすくなったりと、構造的な利点はあるように感じています。
いかに上流からデザイナーが参画できるかは発揮できる価値に影響し、 開発に近しい段になるほど要件やサービス設計の修正が難しくなるということは、一般的に言われている。
松下は、SMBCは組織構造的に“上流に関与しやすい”こと、そして経営陣の意志も大きな力になっていると語る。
- 松下
ここでは担当者が経営層と週次で議論するスキームがあり、もちろんデザインについても議題の一つ。経営層がデザインに対する期待と意志を持っていると感じる。プロジェクトによっては経営層が直接関与していることもあり、経営層と部門との距離も近いと感じる。その環境が、スピーディな意思決定に繋がっていると思います。
信頼構築から価値発信、そして価値拡大へ──デザインを浸透させるためのプロセス
こうした環境は元からそうだったわけではない。
そもそも同社では、2016年に1人目のインハウスデザイナーが入社するまで、「デザイナー」という職種の社員は存在しなかった。そんな状況からいかにして、SMBC DESIGNチームは組織を構築していったのか。
SMBC DESIGNチームではこれまでの経緯をもとに、デザインを組織に浸透させるためのプロセスを次のような段階に定義している。
1段階目は、デザイナーが企画担当 者に役割と価値を伝え、協力者として正しく認識される「信頼構築」であり、2段階目はユーザーにとって価値あるサービスをつくり、改善実績を通じてデザインの重要性が社内に伝達される「価値発信」。3段階目は他部門やグループ会社を跨ってユーザー体験を向上させる「価値拡大」であり、4段階目は価値あるサービスを生み出す仕組みをつくり、デザイン思考を組織全体に浸透させる「思考拡大」(UI 勉強会、デザインプロセス 啓蒙、リサーチ文化醸成、デザインシステム活用 などを複合的に実施)としている。
まずは「信頼構築」。当初、そもそもインハウスデザイナーに何をお願いできるのか、イメージできる企画担当者も多くなかった。それまで社内に存在しなかった肩書きゆえ、当然の話と言える。ほとんどの要件が固まった後に相談が来たり、企画担当者がPowerPointやExcelでワイヤーフレームを描き、「これをきれいに整えて欲しい」といった依頼が来たりすることも少なくなかったという。
そうした中で、アサインされる前から自主的にプロジェクトの打ち合わせに参加し、企画段階からデザイナーができることを可視化。企画担当者にその価値を実感してもらうことで、少しずつデザイナーの介在する領域を広げていった。
次に「価値発信」。「三井住友銀行アプリ/三井住友カードVpassアプリ」や公式サイトのリニューアル、店舗向けの接客用タブレットなど、実際のサービスやプロダクトのアップデートを通じてデザインの価値を可視化。またnote「SMBC DESIGN」を運営したり、グッドデザイン賞を受賞したりするなど、社外への積極的な発信が社内へも還流し、SMBC DESIGNのプレゼンスは高まっていった。
積極的な発信は、採用強化にも奏功した。実際、先述の松下も野田も、noteでの発信記事をきっかけに入行した。野田は、数社のデザイン制作会社を経て、前職でネット証券会社を経験。金融デザインの面白さも大変さも理解した上で、SMBCという環境に魅力を感じたという。
- 野田
金融は法令で定められている項目が多い以上、UI要素を簡略化できない部分もあります。それをいかに直感的で、シンプルにするか。そのためにはデザインの力だけでなく、企画担当や営業職と協力しなければなりません。一人では成し遂げられないことが多いから面白いんです。
特にSMBCについては、noteなどを見て、デザインチームの活動内容や課題を世の中に共有するオープンな姿勢や、ノンデザイナーを含めたチームでのデザインを目指す考え方に共鳴していました。プロセスや課題の情報開示が難しい金融業界でも、それを実行しているアグレッシブさを持ちながら、さまざまな課題に取り組んでいるSMBC DESIGNチームでなら、上流から最終アウトプットまで、デザイナーとノンデザイナーが一緒にデザインし、シンプルな体験をつくっていくことに取り組めると思ったんです。
デザインを組織に浸透させるプロセスは、「③価値拡大」に続く。
プレゼンスが高まった後は、部門やグループ会社間を越えてプロジェクトの推進に携わり、さまざまなサービスやプロダクトの顧客体験を一貫して向上させる。SMBC DESIGNチームはSMBCのみならず、三井住友カード、SMBC日興証券、三井住友コンシューマーファイナンスなど各グループ会社のリテール部門とも連携。自社内に限らずさまざまなプロジェクトに取り組んでいる。
野田は、こうしたビジネスチャネルの豊富さもSMBCの特長だと語る。
- 野田
SMBCはサービスを利用する方が多いぶん、反響は大きく、やりがいも大きいですね。グループとしても幅広くサービスを提供していますし、私自身、新規事業関連のリサーチや企画などにも携わっていて、想定していた以上にデザイナーとして挑戦できることは多いなと感じています。
デザイナーと各部署とを通訳する──DPMの重要性
デザイナーが各所と信頼構築をし、実際のサービスやプロダクトを通じてデザインの価値を社内外に発信。部門間やグループ会社を越えてデザインを一貫させることで顧客体験が向上し、評判が評判を呼んで次のプロジェクトにつながる──そうして確かな価値発揮ができる状態を構築すると、関わるプロジェクトも増え、積極的に採用ができるようになった。
2024年11月現在、10名超がSMBC DESIGNチームに所属しているという。メンバーにはプロダクトやグラフィック、UI,UXなどそれぞれキャリアや専門領域の異なるデザイナーが集う。
その中に、SMBC DESIGNチームの陰の立役者とも呼べる人物がいる。しかも「ノンデザイナー」、かつ「プロパー社員」──肩書きには「デザインプログラムマネージャー(以下、DPM)」と書いてある。
DPMは企業によって定義が異なるが、一般的にデザイナーがデザイン業務に集中して取り組めるよう、環境やプロセス整備、各所との調整など「デザイン以外の業務」に従事する役割とされる。
デジタル庁やスタートアップが採用するなど近年注目されつつあるロールだが、SMBC DESIGNチームにおいて、DPMは4段階の各フェーズにおいてインハウスデザイナーに伴走しているという。2021年からチームに参画するDPMの米本滉貴は、社内公募制度を利用して着任した。
- 米本
私は新卒でリテール部門に配属され、富裕層顧客の資産承継や運用を担当していました。その後、社会人大学院でデザイン経営を学んだのを機に、キャリアチェンジを図ったんです。ただ当時、まだDPMというロールはあまり一般的ではなく、自分自身もあまり肩書きは意識していなかった。求められている役割や発揮すべきスキルを定義しようと海外事例を調べたところ、DPMというロールを知り、自分なりに解釈してポジションを確保しました。
米本はDPMの役割を「デザイナーと各部署との通訳」と表現する。各部署からデザインチームに寄せられる依頼や相談を仕分け、プロジェクトのスタート段階から併走する。そして軌道に乗れば担当者に受け渡し、期待値がズレていれば介入して修正を図る。
- 米本
社内でのDESIGNチームのプレゼンスが上がって重要なプロジェクトの相談が来るようになりましたが、その一方で重要度が相対的に低い依頼も混在します。そこでいったん私たちDPMが間に入って精査し、プロジェクトを切り分けつつデザインチームに配分しています。
もちろん人と場合によりますが、デザイナーと企画担当や営業職ではそれぞれ観点や考え方、使う言語も違います。例えばデザイナーには当たり前の「トンマナ」という言葉が通じないこともあります。
また企画職の方々は定量的な観点を重視し、半期や四半期単位で見込める収益などの話を求めることが多い。一方でデザイナーは定性的な観点から、この施策がどれだけユーザーにプラスになるか、どれだけ中長期でユーザーの信頼を高めることにつながるか、という観点から語りがちです。
互いの考え方や言語が違うままでは、議論はずっと平行線をたどってしまう。この施策がどういった部分でお客様の価値となり、喜ばれ、収益につながるのか……などと、双方の視点をすり合わせていく。定性と定量、短期と中長期などと異なる視点を行き来して共通言語を見出して、同じゴールに向かっていけるように調整するんです。
松下と野田も、「デザイナーが社内に存在するようになって10年と経たない金融機関で、デザイナーが業務に邁進できているのはDPMがいるからこそ」と語る。
- 野田
私は金融業界でのデザイン経験はある方だと思っていましたが、入行して実際にプロジェクトに入ると、メガバンクの文化はまた異なるものでした。特に核心に踏み込もうとすると、ノンデザイナーとのコミュニケーションにおいてうまく伝えられない、解決の糸口がつかめない場合が出てきました。そこにDPMが伴走してくれたことで、相手が何を重要視して、何を用意しておくべきなのかがわかるようになりましたし、自分なりに伝え方を工夫できるようになりました。
こうしたDPMの役割は現場の業務に限らず、マネジメントレイヤー以上に求められる抽象度の高い業務においても確かな価値を発揮していると、松下は重ねる。
- 松下
私は、中長期にSMBCの価値を高めるデザイン戦略を策定・推進していますが、特に入行から日も浅い頃は社内のステークホルダーや関係性、組織構造的力学などの肌感がない。誰にどのタイミングで提案すればいいか、誰に助言を求めておいたほうがいいのかなど、わからないことがたくさんありました。
米本にはそうした視点で力を借りてきました。金融機関、かつ企業規模が巨大である環境では暗黙知が少なくなく、ハイコンテクストなコミュニケーションが求められる場面も多い。こうした環境では特に、DPMは重要な役割を果たすと感じています。
そして米本は、企業文化を“体現している”プロパー社員こそ、DPMとして活躍できる可能性があるのではという。
- 米本
もちろん、デザインが好きでデザインの可能性を信じているのが大前提ではありますが、プロパー社員がデザインを学んだうえでDPMとして働くのは、良いキャリアパスの一つだと感じています。
大企業でデザインプロセスを浸透させるには、直接デザインに関わらない情報……どんな組織図でどの部署がどんな状況で、誰がどんなキャリアパスを歩んできたかによって考え方やスタンスが異なる、どこにも言語化されていないような情報が重要なこともあります。それらを踏まえたうえで、中期経営計画と照らし合わせながら3年後、5年後に効いてくるような施策をプロジェクト化していく。タフな調整も必要となってきますが、好きだからこそやっていけるんですよね。
今後は「思考拡大」フェーズに。インハウスデザイナーに必要なのは、アップデートし続ける姿勢
午後3時には窓口が閉まり、月末にはATMに長蛇の列ができる──。そんな銀行の様子が変わろうとしている。金融業への新規参入の増加やノンバンクの台頭、ネット銀行などの無店舗型の増加……。それに伴いユーザーの行動様式も変わり、SMBCのような都市銀行に求められる役割も着実にシフトしてきているはずだ。
実際、SMBCはOliveの利用拡大とともにリテール店舗の変革を進めており、2025年度までに個人向けの全国250の支店などを順次、商業施設内など顧客が利用しやすい場所へ出店する「ストア」に置き換える方針を掲げている。
新規口座の開設や諸手続きをオンラインでも受け付け、店頭では資産運用や相続相談など、リアルな場で行う必要性の高いサービスに注力する。金融業界全体を取り巻く地殻変動は、デザインも他人事ではない。
- 松下
アプリやWebでお金のやり取りをするのが当たり前になり、特に若年層のお客様は窓口を訪れる機会も非常に少なくなりました。オンラインでやり取りするのがメインとなる時代になるなら、一層デジタルチャネルのUI,UXをより良くしていかなければ、お客様から信頼を得ることが難しくなる。その危機感は、SMBC DESIGNチーム内で共有されています。
- 松下
グループのリテール部門との協力はもちろん、部門の壁を越えて一貫した体験をつくっていきたい。「デザインチームとともに取り組んだからこそ実現できた」という体験提供を重ねていきたい。
- 米本
デジタル上の顧客体験はどんどん高度なものとなっていく中、そこへ向けて歩むにはデザインへの注力や投資なくして未来はありません。そのためにはパートナー会社を通じてさまざまな分野のスペシャリストと協働し、インハウスデザイナーが統合的視点をもって立ち振る舞う必要があります。
その中で取り組む領域が拡がり、関わる人が社内外に増えていけばいくほど、DPMが担う役割も大きくなっていくでしょう。常にミッションに立ち返りつつ、短期長期と視点を切り替えながら、丁寧にコミュニケーションしていくことが大切だと考えています。
現在、SMBC DESIGNチームによるデザインを組織に浸透させるプロセスは、前半で紹介した「4つのプロセス」のうち「④思考拡大」の段階にあると言えるだろう。
転職者や転入者向けオンボーディングにおけるデザインガイダンスや、企画担当者向けの課題解決ワークショップの実施。またグループ会社でのUXリサーチチームの立ち上げ、デザイナーのみならず社内外のステークホルダーなども含めた定期レビュー会の開催、デザインシステムの設計・構築……さまざまな角度から「思考拡大」のためにアプローチしている。
見据える時間軸の違いや、それぞれにとってのプロジェクトの位置付け、関わる組織の数やメンバーの多様性などさまざまな変数を織り込みながら調整、アップデートし続ける。それこそが、インハウスデザイナーの姿勢として重要なことなのではないだろうか。
- 野田
(この「思考拡大」のフェーズになると)関わる人や組織が増えていくことで利害関係が複雑にもなるし、組織運営の難易度は高まります。しかし、さまざまな価値観や経験、スキルを結集してサービスを磨きあげていけるのはとても刺激的です。ワークフローの改善やデザインツールの導入など、より良い環境整備にも取り組みながら、お客様がリアルとデジタルを意識せず自由に行き来できるような、SMBCならではのサービス提供に関わっていきたいですね。