変容する大企業のインハウスデザイン組織──牽引者たちが語るその現在地と未来【KOEL×Tangity®×パナソニック×日立製作所】
tide of inhouse「インハウス」の革新とも呼べるような大きな変化を捉え、その現在地とポテンシャルを伝えていく。そして「インハウス」が今後担うであろう価値や、そこに求められる人や技術を考えていく──そうした想いのもと2024年11月、designingはインハウスをテーマとしたイベント「RENEW」を開催した。
本イベントは、KOEL(NTTコミュニケーションズ)、Tangity®(NTTデータ)、パナソニック、日立製作所の4社との共催という形で実施された。インハウスの中でも特に変化の大きい4社だ。
セッション2では「RENEW ORGANIZATIONS」と題し、インハウスデザイン組織のあり方と可能性にスポットライトを当てる。それぞれの組織がどんな成り立ちと変遷で現在の体制に至ったのかを辿りながら、目下取り組んでいる改革についても議論した。
登壇したのは、村岸史隆(Tangity®・Head of Design)、中川仁(パナソニック・戦略統括室 主幹 兼 XDC部⻑)、田中友美子(KOEL・Head of Experience Design)、赤司卓也(日立製作所・Chief Design Strategist)の4名。立ち上げや位置づけ、社内認知の向上や人材育成まで、インハウスデザイン組織をめぐる論点を多角的に議論した。
各社のインハウスデザイン組織の現在
はじめに各登壇者から、それぞれの組織の概略を語ってもらった。同じ“大企業のインハウス組織”といえど、その役割や立ち位置、成り立ちは多様。決してひとくくりにはできないその概略を各々のバックグラウンドと共に端的に述べた。
一人目の登壇者は、株式会社NTTデータ Tangity®の東京オフィスでHead of Designを務める村岸史隆。
村岸はアメリカでデザイナーとして勤務後、日本に帰国。外資系の事業会社をはじめ、複数社でのプロダクト・サービス企画、デザイン組織の立ち上げを経験し、2022年にNTTデータに入社。現在はデザイナー集団「Tangity®(タンジティ)」のデザイン責任者として、さまざまなプロジェクトの推進からデザインディレクションまで幅広く取り組んでいる。
2020年、サービスデザイン領域におけるデザインスタジオとして立ち上げられた「Tangity®」。その最大の強みは、NTTデータがこれまで培ってきたグローバルのネットワークを組織運営に活かしている点だ。
日本・イタリア・ドイツ・イギリスの四カ国を拠点にスタートしたが、2024年には11の地域まで拡大している。グローバル全体で約950名(2023年時点)が所属し、世界中のデザイナーが連携をとる体制が構築されている。また、Tangity®にはCDOが存在しない。いわゆるコレクティブの体制で、各国のスタジオがフラットに並列化されている点も特徴だ。
続いて登壇したのは、パナソニック株式会社 デザイン本部 戦略統括室 主幹 兼 トランスフォーメーション デザインセンター(XDC)で部長を務める中川仁だ。
中川は新卒から20年以上にわたり、パナソニックでデザイナーとしてのキャリアを歩んできた。現在は長期的な視点からデザイン全体の横断戦略を担いながら、ビジョンデザインのマネジメントを取り仕切っている。
パナソニックのデザイン組織の歴史は古い。1951年、創業者である松下幸之助がインハウスデザイン部門を設立したところに端を発する。「時代に合わせた独創的なアイデアとデザインでくらしの豊かさを提供する」というパナソニックデザインのDNAは今日まで受け継がれてきた。
近年では2017年頃から、パナソニックのデザイン組織では大きな変革が起こり始めている。デザイン拠点として「Panasonic Design Kyoto」を開設。2019年以降、グループ横断のデザイン部門であるデザイン本部を、デザインR&Dやコミュニケーションデザインに取り組む組織に拡大。商品群の変化も含めデザインを軸にさまざまな側面に変化を生み出しつつある。
三人目はNTTコミュニケーションズ株式会社 デザインスタジオ KOELで、Head of Experience Designを務める田中友美子。
Royal College of Art(RCA)でインタラクション・デザインを学んだ後、ロンドンとサンフランシスコを拠点にデバイス、サービス、デジタルプロダクトのデザインに従事。その後、デザインファームMethodでデザイン戦略を経験した後、2021年KOELに参画した。
2020年に発足したKOELは、NTTコミュニケーションズのインハウスデザイン組織。全社に対して既存事業の変革と新規事業の創出を行う横断的役割を持つ「イノベーションセンター」に所属している。
KOELがミッションの一つに掲げるのは、ビジネスと公共の間にある「セミパブリック領域」で課題解決に挑むことだ。またインハウスという立ち位置を生かし、社内向けの人材・組織育成、あるいはビジョン策定やコミュニケーション設計も担っている。
四人目は株式会社日立製作所 デジタルエンジニアリングビジネスユニット DesignStudioで、Chief Design Strategistを務める赤司卓也だ。
新卒入社から21年間、日立でプロダクトデザイナーとしてのキャリアを積み重ねてきた赤司は、日立内にサービスデザイン領域、ビジョンデザイン領域を立ち上げる。ヘルスケア、エネルギー、金融、まちづくりなど、幅広いビジョン駆動の協創をリードしてきた。
日立製作所のデザイン組織は、1957年に設立された「意匠研究所」にまで遡る。“研究”という名に端を発することからも分かるように、同組織はR&Dに軸足を持っていた。現在もR&Dに所属しデザインの可能性を広げるラボと、ビジネス部門に所属しデザインを社会実装するスタジオの両方が存在し、研究と実践を行っている。両組織とはまた別の動きとして、買収による社外デザイン組織の合流なども加わり、日立製作所のデザイン組織は“Hitachi Design Collective”とも言える形へと変わってきたと赤司は言う。
ただし、CDOは存在しないため、形態としてはTangity®と類似している。ソフトウェア系の開発をする日立ヴァンタラのデザインチームや、2021年に買収したGlobalLogicの戦略デザイン部門であるMethodをはじめ、世界10カ国以上にデザイン組織が存在している。グローバルでデザイナーの数は数百名にのぼる。
プロフィットセンター/コストセンター、ビジネス部門/R&D部門……企業におけるインハウス組織の位置づけ
このように「インハウスデザイン」と一口にいっても、そのあり方はさまざまだ。
全社横断的な組織もあれば、専門部隊として独立した一部署であることもある。あるいはTangity®や日立製作所のように、グローバルのネットワークでつながっているケースも大企業では珍しくない。
その差異はなぜ生まれるのか、またそうした差異をいかに捉えるべきか。そのヒントを探るべく、続けていくつかの切り口から「組織の特性」を紐解いていく。最初に上がったトピックは、組織がいわゆる「コストセンター(間接部門)」なのか、「プロフィットセンター(収益部門)」なのかという建て付けの話だ。この建て付けは企業規模が大きいほど論点になりやすいからだ。
Tangity®の母体となる組織はコストセンターから始まっているものの、グローバルネットワークを強化した後、2022年中盤からプロフィットセンターへ組織の方針が転換したという。
- 村岸
プロフィットセンターとコストセンターにはそれぞれ良し悪しがあります。コストセンターの場合、決められた枠内でやらないといけないことが多い一方、プロフィットセンターは自由な分、自ら利益を上げなくてはならない。対価をいただくためには、デザインスタジオとして価値を証明しなければなりません。Tangity®はまさに今、そのフェーズでチャレンジしているところです。
一方、R&Dに所属するラボとビジネス部門に所属するスタジオの二つの組織が共存する日立製作所は、両組織が役割を明確に棲み分けしている。前者が研究を担うコストセンターであるのに対し、赤司が所属するスタジオはプロフィットセンターとして実践に取り組んでいる。いわば「両利き」のインハウスデザイン組織こそが日立製作所ならではの強みだと赤司は説く。
- 赤司
役割の異なる二つの組織があるのが日立の強みであり、だからこそさまざまなデザインが生まれるのだと信じています。スタジオはデザインによってお金を稼ぎ、稼いだお金をデザイン実践力の底上げに投資する。一方、ラボは時間をかけながらデザインの新しい可能性を広げていく。
こうした構造があるからこそ、新しい時代の審美眼を追求したり、ビジョンデザインに取り組んだりすることができる。今後も両方のデザイン機能が併存することが大切なのだと考えています。
Tangity®と日立製作所 DesignStudioがプロフィットセンターとして機能するデザイン組織である一方、コストセンターとしての位置づけで運営されているのがパナソニックとKOELだ。
「やらなければならないことはありつつも、自由度は高い」と自組織の特徴を語る中川は、6年ほど前から会社の中でのデザイン組織の役割が一気に広がったと振り返る。後に同社では初となるデザイン部門出身の執行役員に就任する臼井重雄が旗振り役となり、社内の組織や人材、あるいは拠点・プロセスを刷新していった。
- 中川
こうした改革に呼応して、デザイン組織に求められる役割がより経営に近いレイヤーに近づいていきました。同時に、商品サービスに限らず、ビジョンデザインにもより多くスポットが当たるようになりました。ビジョンを具体化する仮説検証においてはコストセンターならではの縛りなどはなく、経営課題に紐づくことが前提とはなるが、自由に新しいチャレンジができる風土が根づいています。
組織が発足してから約5年と比較的新しいKOELの田中は、KOELがコストセンターに位置づけられている理由を、取り組みと事業領域の両面から説明する。
- 田中
KOELでは積極的に社内でのデザイン人材育成など、事業組織の変革を含めた支援にも取り組んでいます。社内全体でのデザインの底上げを行うためのデザイナー育成プログラムを通じて、社内に600名以上のデザイン人材を輩出することができました。この動きはNTTグループ全体にも広がりつつあります。
また、セミパブリック領域での課題解決を行なっていることもあり、将来的に新たな社会インフラになりえるプロジェクトに関わる仕事も多い。これらは長い時間軸で取り組む必要もあるため、KOELはコストセンターという位置づけで活動をしています。
社内認知向上、職能の再定義、人材育成──インハウスデザイン組織をいかにして育てるか?
次のトピックとしてあがったのは「デザイン以外との関係性」だ。大きな組織であるがゆえ「いかに他部署から理解を得るか」や「他部署や経営との連携」は、いっそう重要になる。
村岸は、大企業ならではの上層部の変化について言及した。
- 村岸
Tangity®は大企業であるNTTデータの一部門ゆえ、上層部の方針転換によって一気にあらゆるものが変化を迫られることがあります。ただ、こうした大方針の元で変化が求められるのは、決して悪ではありません。むしろ、“振り回されること”もまた必要だと感じています。それによって、新たな角度から取り組まなければならないビジネス領域やデザインの幅の広げ方に気づくこともあるからです。
また、そうしてさまざまな角度から自らを捉え直す機会が増えることで、結果的にデザイン組織として社内外にどんな価値を提供できるのかという確固たる軸を見いだすことにも繋がると感じています。
また、外部との連携においてはジョブディスクリプションやキャリアラダーを非デザイン職の構造に揃えることが功を奏しているとも述べた。
Tangity®は社外からの採用に加え、社内異動も少なくない。その際に職位定義が他職種と揃っていると、キャリアパスを設計しやすくなる利点があるという。そうした制度設計により非デザイナー人材の取り込みも活性化。社内におけるTangity®、ひいてはデザインへの関心を高めるとともに、組織のダイナミズムも増したという。
近しい動きが日立製作所にもある。同社ではデザインの社内認知を高めつつ、人材を育成するため、2019年から「Hitachi Design Thinking Initiative」という社内認定制度を運用している。この制度を活用すると営業やエンジニアといった非デザイン職の社員であってもトレーニングプログラムを受講できる。修了すると社内的な認定が得られ、“デザインを理解・活用できる人”として自然と立ち回るようになっていく。
- 赤司
プログラムでは、半年から一年間、講義とプロジェクトでの実践を通じて、DesignStudioで一緒にデザインをしてもらいます。すると、修了後に元いた部署に戻っても「デザインと一緒にやると、こんなことができる」とデザインの可能性を周囲に広げてくれるんです。結果的に社内でどんどん味方が増えていきます。
同じく社内でのデザイン人材・組織育成に積極的に取り組んでいるのがKOELだ。同組織では、人材や組織の育成でじわじわと変化を生むことと平行しつつ、成功例を作りにいくような自主提案も平行して重ねて来たという。
- 田中
KOEL設立以前、社内にデザイン組織が存在しなかったこともあり、当初はデザインの考え方がそれほど社内に浸透していませんでした。「可愛いアイコンを作ってよ」「ウェブサイトをいい感じに作ってください」などと言われることも少なくありませんでした。
そうした要望は、デザインができることの一部でしかありません。そのため、KOEL設立当初はこちら起点で「こんなことをやりませんか」と提案をしながら、地道にデザインの担える役割や可能性を知ってもらうための活動を続けました。
そうして提案を重ね、デザインの可能性を理解する仲間を少しずつ社内に増やしていったのだ。
パナソニックでも、いくつかユニークな動きが起こっている。
一つは、社内でBTC組織を組成したことだ(現在はトランスフォーメーションデザインセンターに集約)。デザインを含むクリエイティブのメンバーのみならず、ビジネスやテクノロジー領域で活動するメンバーを混ぜ合わせたチームが作られることになった。さらに経営企画やマーケティング、技術職など非デザイナー職も含めてデザイン組織と捉えることで、「デザイン以外」を専門とする人をデザインの当事者として巻き込む動きを強めてきている。
他方で、その中では職位定義やジョブディスクリプションなどもすでに試行錯誤を重ねてきた。領域の拡張とともに広がり抽象化したデザイナーの役割は、近年再び整備する機運があるという。
- 中川
デザイナーに期待するスキルや担ってもらう役割・職務定義などを、慎重に検討しています。元々プロダクトデザインを中心に具体的なスキルに応じていくつか定義していたのですが、デザイナーが担う役割が広がる中で、あるときから職種を「デザイン」に統合しました。しばらくその運用を続けていたものの、結果的にデザイナーの目標値が見えづらくなる課題が表出した。それもあって、いまは再度細分化し、定義し直すべきかを模索しています。
いかにして可能性を解放するか?大企業のインハウスデザイン組織の未来
立ち上げ、位置づけ、社内での立ち位置、人材育成……インハウスデザイン組織をめぐる論点について、ここまで多角的に議論してきた。最後はトークセッションの締めくくりとして、大企業のインハウスだからできること、今後の可能性が語られた。
- 赤司
大企業は動かすのが難しい、重たい側面はもちろんあります。しかし重たいからこそ、一度動いたらそのまま動き続ける感覚がある。日立が持つ大きなアセットを使い、インパクトを与える。デザインがその変化の原動力になるなら、やはり楽しいですし、それこそが大企業で働く醍醐味だと思います。
同じ大企業ではあるものの、デザイン組織としての歴史は比較的まだ浅いTangity®では逆に、「押し続けること」──すなわち、デザイン組織の役割や意義を伝え続けていくこと──が最重要であると村岸は語る。
- 村岸
NTTデータ自体は間違いなく大企業ですが、グローバルに分散するTangity®はそれぞれが中小企業の集まりのような存在です。そのため、全体として成果を出し、常に価値を証明し続けていかない限り、止まってしまう緊張感もある。
加えて、私が責任者を務めるTangity® Tokyoはいわばグローバルでのヘッドクォーターのような位置づけ。そのため、日本から海外に発信するのも大切な役割。グローバルで連帯し、デザインの価値を証明できるのは大企業ならではだと考えています。
前セッションでKOEL・高見逸平が事例として紹介した心疾患の再発・再入院予防のためのスマートフォンアプリ「みえるリハビリ」をはじめとした、教育、地方創生などのセミパブリック領域でのセミパブリック領域でのデザイン事例。セミパブリックという領域にフォーカスを当てるKOELならではの醍醐味を田中は指摘する。
- 田中
国や行政といった大きな主体の支援が行き届かない人たちを救うことができるのがセミパブリックという領域です。NTTコミュニケーションズという大きな船からアプローチするセミパブリックという領域は、個人やNPOとはまた違った関係性からインパクトを生み出せる可能性があります。
「パナソニックは固くて重い会社」と認めた上で、中川は同社が社外とコラボレーションしたときに生まれるダイナミックな変革の可能性について強調する。事実、中川自身、過去に明治八年創業の日本で一番古い歴史をもつ手作り茶筒の京都「開化堂」とコラボレーションし、まったく新しい商品開発を行なった経験がある。
また、「校章を自分たちでデザインしたい」という思いに応え、京都のある高校でデザインのレクチャーを施し、サポートした経験も中川が「インハウスデザイナーが持つ可能性」について気づくきっかけになったという。
- 中川
社外の異ジャンルの方々とのコラボレーションや教育の現場でのデザインのレクチャーを通じて確信したのは、インハウスデザイナーが潜在的に持っている力の大きさです。本来、世の中や社会を変えるとても大きな可能性を秘めているのに、会社内だけの活動に収めているのはもったいない。外に飛び出し、インハウスデザイナー同士がつながることで、もっと面白いことができるのではないかと夢見ています。