「半・出島」で導くユニ・チャームの変容。デザインが担う、変革と企業文化

概念や掛け声だけでは変わりません。身近で実践していき、サービスやプロダクトを通じた実体験がなければ、組織は変わらないと思っています。

tide of inhouse

近年大企業において新規事業開発を託され、組織文化を変革する役割を期待されている組織が増えてきた。閉塞感に風穴をあける“出島”型の組織がその多くを占め、そこではインハウスデザイナーが重要な役割を果たすことも少なくない。

日用品大手のユニ・チャームに2023年7月発足した「MDX(Marketing by DX)本部(以下、MDX本部)」は、その一つと言えるだろう。

ユニ・チャームがユニークなのは、既存事業との摩擦を避けるべく切り離された“出島”ではなく、社長直轄の組織ながら「ソフィ」ブランドを率いるマーケター自身が組織を率いて、既存組織とのハブを担う“半・出島”の体制となっている点だ。

ユニ・チャームはもとより「共振の経営」を標榜し、現場や現地に根ざした課題意識のもとで経営層と現場が一体となって事業を推進してきたが、MDX本部にはその一端が窺える。デザイナーをはじめ、経営企画や開発、マーケターなど専門性の高いメンバーが、組織横断的に価値創造に取り組んでいる。

2020年10月に公表した中長期ESG目標「Kyo-sei Life Vision 2030」においてミッションとして「『共生社会』の実現」を明記。2024年度から2026年度の3カ年における重点戦略の一つに「女性を基点としたLTV(ライフタイムバリュー)最大化モデル構築」を掲げ、女性のライフステージに寄り添った新規事業開発に注力している。

その裏側で進行してきたのが、インハウスデザイン組織の構築と組織文化の変革だ。
本記事では、MDX本部長の今川高博氏、ストラテジックデザイナーの松薗美帆氏、プロダクトデザイナーの下村香菜子氏の3名への取材を通じ、大企業におけるデザインドリブンな組織変革の実態に迫る。インハウスデザイン組織はどのように意義を発揮し、全社的な「デザイン経営」のインストールに取り組んでいるのか。その試行錯誤とこれまでを追った。

たった一人ではじめた新規事業開発

ユニ・チャームは1981年に公表したコーポレートスローガン「NOLA & DOLA(Necessity of Life with Activities & Dreams of Life with Activities:赤ちゃんからお年寄りまで、生活者がさまざまな負担から解放されるよう、心と体をやさしくサポートする商品を提供し、一人ひとりの夢を叶えたい、という思いが込められている)」のもと、日本をはじめ世界各国で紙おむつや生理用品を中心とした衛生用品を提供してきた。

特に海外戦略には定評がある。現地法人の立ち上げに留まらず、インドをはじめ東南アジア、アフリカにおける生理に関する啓発活動や女性の社会進出支援などにも尽力。現地に根ざした販路拡大やマーケティングを行い、着実に商圏を広げてきた。海外売上高は65%を超える。

一方、少子高齢化による市場構造の変化は避けられない。先行する日本国内はもちろん、中国など諸外国も人口減少に転じる中、経営課題として人口ボーナスに依存したこれまでのビジネスモデルの転換を迫られていた。

そんな中で2016年、全社横断の新規事業プロジェクトに自ら手を挙げたのが、MDX本部設立のキーパーソン、今川高博だ。今川は中国の現地法人で5年半に渡りソフィのブランドマネジメントを担当し、帰国後グローバルにおけるソフィブランド戦略を推進してきた。プロジェクトに際し、今川は介護チームと連携し新規事業開発に取り組んでいたが、プロジェクト終了まで残り数カ月のタイミングで方向転換の舵を切る。

今川

一人当たりのライフタイムバリューをいかに高めるかが命題なわけですが、誰に向けてその事業を生み出すのかと考えたとき、思ったんです。僕自身、フェミニンケア事業のマーケターとして20年以上女性の生理課題に向き合ってきたわけですから、女性に寄り添うべきなのではないか、と。

ソフィというと生理用品をイメージされる方が多いですが、生理は女性にとって生活のほんの一部分でしかありません。マーケターとして調査して、生理に関する悩みを聞くと、ホルモンバランスの乱れに起因する睡眠トラブルや肌荒れ……それ以外の悩みが多いんです。これまでだったら「自分の担当ではどうすることもできないな」と考えていたけど、新規事業なら「枠にとらわれることなく、様々な悩みを解決できるんだ」と考えられるようになりました。

ユニ・チャーム株式会社 執行役員 兼 共同CDXO(Chief DX Officer) 兼 グローバルフェミニンケアSBUプレジデント 兼 MDX(Marketing by DX)本部長 今川高博
2001年ユニ・チャーム株式会社に入社。2004年より国内フェミニンケア事業である生理用品ブランド「ソフィ」を担当し、2010年より中国の現地法人でブランドマネジメントを5年半担当。帰国後は、グローバルのソフィブランド戦略を推進しながら、2016年より新規事業プロジェクトに手を上げ、共生社会研究所と共に新しい商品とサービスの開発を行う。新規事業のグロースを経て、2023年より新組織であるMDX本部の立ち上げ、組織を率いている

今川は全社プロジェクトが終了した後も、たった一人で新規事業の方向性を模索した。女性の一生に寄り添い、生理だけにとらわれず、ホルモンの影響による心身の不調などさまざまな問題を解決する方法はないか──。本業の傍らリサーチや企画立案を進め、有志を集めるべく、「飲み会で志の近い人を一本釣り」するなど地道な草の根活動に取り組んだ。

2023年11月に発売された『ソフィ 妊活タイミングをチェックできるおりものシート』は、その成果の一つだ。ナプキンやライナーといった生理用品に吸い取られ捨てられていた「経血やおりもの」に着目。そこから得られる生体情報を手がかりにし、研究開発によっておりもの中に含まれる成分に「妊活に適したタイミングを知らせる物質」があることを発見した。

そこからアジャイル組織を編成し、研究開始から7年を経て、ようやく商品化に漕ぎつけた。それでも当初は「10年かかる」と言われていた商品開発プロセスからは大きなスピードアップだ。小さな成果を積み重ねながら確かな実績を生み出した一方、今川が痛感したのは縦割り組織とプロジェクトベースの限界だったという。

今川

新規領域をやることに対して、みんな応援はしてくれるんですよ。「頑張って」「今川さんならできるよ」と。でもお金や人を出してもらえるわけじゃない(笑)。そういうのを長らく経験してきましたが、なんとか開発本部とプロジェクトチームを編成し、共生社会研究所(2024年7月から「ライフタイムバリュー共創部」に統合・新設)も巻き込んで、仲間を増やしてきました。

けれども一人の女性の一生を捉えたとき、フェミニンケア、ベビー、ペット……と既存事業の枠組みではぶつ切りになってしまう。女性を基点に事業を考えるなら、バーティカルな構造を横断できる組織が重要です。かといってマーケティング部や開発部などの中に編成すると、どうしても予算など短期的な視点に引っ張られてしまう。「女性にとってのライフタイムバリューを高める」ためには、あくまでそれらと並列する独立した組織として編成し、長期的な視点を担保すべきだと考えました。

「半・出島」という組織設計

志向したのは、社長直轄の独立した組織と言えど、完全な「出島」ではなく、既存組織とも常時接続する「半・出島」だ。

今川は新組織を総括しながら、これまで通りグローバルフェミニンケアマーケティング本部長を兼務。既存組織と綿密なコミュニケーションを図り、最大限価値を発揮できる環境を構築している。

今川

社長直轄の組織となることは、意思決定スピードが早いという意味でも重要ではありますが、それだけでは十分ではありません。本質的には顧客に評価されるビジネスでなければならず、既存事業とコンフリクトを起こすということは、コミュニケーションコストがもったいない。それで、僕がまずはブランドとMDX本部の責任者を兼務し、顧客視点を持ちながら組織を横断する体制を取ることにしました。

かくして2023年7月、MDX本部が正式に発足。「女性を基点としたライフタイムバリュー最大化モデル構築」という組織ミッションは、そのまま2024年から2026年度における第12期中期経営計画「Project-L」の重点戦略の一つとして明記されることになった。まさに経営肝入りのミッションだ。

現在は事業開発やプロダクトマネージャー、デザイナーやマーケター、データサイエンティストなど多様なメンバーを擁する組織となっている。取り組んでいるのは、「ビジネス×テック×クリエイティブ」の力で顧客である女性の課題を解決し、既存のビジネスモデルを転換する試みだ。

とりわけ大きな期待を寄せられているのが、MDX本部に籍を置くインハウスデザイン組織。当初はデザインコンサルなどパートナー企業に頼る部分も多かったが、2024年8月にストラテジックデザインマネージャーの松薗美帆、プロダクトデザインマネージャーの下村香菜子の両名がジョイン。インハウスデザイン組織の構築とデザインドリブンの事業開発を一気に加速させているという。

ユニ・チャーム株式会社 MDX本部 ストラテジックデザイン マネージャー 松薗美帆
株式会社リクルートにて人材領域のデジタルマーケティング、プロダクトマネジメント、サービスデザインを経験したのち、2019年より株式会社メルペイにてUXリサーチャーとして新規事業の立ち上げやグロースに従事。2024年8月、ユニ・チャーム MDX本部にジョイン。北陸先端科学技術大学院大学博士課程にて応用人類学を研究中。著書『はじめてのUXリサーチ』。

それぞれ異なるバックグラウンドながら各領域の第一線で活躍してきた松薗、下村の両名。メーカーでの新規事業開発、さらに当事者性のある領域において自らのスキルを発揮できることに強く興味を惹かれ、MDX本部への参画を決めたという。

松薗

前職ではUXリサーチャーとして新規事業に関わっていましたが、「かなりやりきった」という思いもあり、キャリアの幅を広げたいと感じていました。デジタルだけでなくリアルプロダクトの領域にも手を広げられ、かつ自分が当事者としてデザインの力を発揮できる。ユニ・チャームなら女性の一生に寄り添うサービス開発に取り組めますし、「ここしかないな」と入社を決めました。

下村

これまでいた業界はどうしても男性が多く、激務の中で女性が休職を余儀なくされたり、生理が止まってしまったり……といった話をよく見聞きしてきました。そうした女性の「不」の課題解決に直接取り組める事業領域ですし、デジタルだけでなくリアルなプロダクトでもアプローチできる。実体のある商品とアプリを掛け合わせた体験設計ができることに、ものすごくやりがいを感じたんです。

ユニ・チャーム株式会社 MDX本部 プロダクトデザイン マネージャー 下村香菜子
長岡造形大学卒業後、チームラボ株式会社で3年半、リクルートでUXデザイナーおよびPdMとして6年勤務。フリーランスのUIUXデザイナーとしてのキャリアも重ね、2023年に活動の拠点をカナダ・バンクーバーに移し、留学しながら多様な企業のプロジェクトに携わる。2024年8月、ユニ・チャーム MDX本部にジョイン

ときに「吠え」、カルチャーギャップを埋めていく

とはいえ松薗、下村ともにこれまでスタートアップやテック企業でのキャリアがベースであり、いわゆる“日本の大手メーカー”とのカルチャーギャップの存在は否定できなかった。

下村は「これまでよりはレガシーな部分があると覚悟していたが、思ったよりフランクで率直に話せる雰囲気だった」と評すものの、それは少なからず「半・出島」組織であるMDX本部だから担保されていたもの。しかしそのMDX本部内でもプロパー社員とのギャップを感じることは多かったという。

下村

これまではわりと“丸投げ”されて自走してなんとかする、ダメなら“自己責任”が当たり前だったので、自分一人で意志決定して前進させ、必要なら相談という環境でした。それに対して、今の環境は正直進みが遅く感じられることもありました。「逐一情報共有する」「みんなで足並みを揃える」といった文化に戸惑いを感じましたね。

松薗

学生時代から人類学を学んできたので、フィールドワークしている感覚もありました(笑)。やっぱり私たちみたいに専門職としてやってきた人と、ジェネラリストとして幅広い職能を身につけて来られた方々というのは、仕事の進め方は全然違うなと感じました。

例えば日常的に使う言葉ひとつとっても、その定義や解釈も違えば、そもそもどんな言葉を使うかにも違いが感じられたと松薗は振り返る。

松薗

入社して感じたのは、デザインというよりマーケティングの会社なんだ、と。たとえば「インサイト」という言葉ひとつとっても、私はこれまでデザインの文脈で多様な意味で使われているのを見聞きしてきましたが、この会社ではマーケティングの考え方に基づいた明確な定義がありました。同じ言葉でもすれ違いが生じるので、なるべく専門用語やカタカナ言葉を使わないようにしたり、わかってもらえる言葉に置き換える。UXリサーチという語も使わず、「探索のリサーチ」「検証のリサーチ」などと表現して。私たちの当たり前をそのまま押しつけるのではなく、まずは相手の考え方ややり方を理解しつつ、すり合わせる必要があるなと感じました。

とはいえ、はじめのうちは特によく今川さんに相談していましたね。よく“吠えていた”というか(笑)。「これはおかしいのでは?」と感じたことを、もちろんなぜそうなっているのかも理解する努力はしますが、おかしいならやはり変えなければならない。私たちはそういう役割でもあるので、おかしいことはおかしいと指摘して、変えるべきところを変えてきました。

こうしたある種の“コンフリクト”は今川が、さらには経営層が望んだものでもある。MDX本部に期待されているのは、新規事業開発や価値創造のみならず、組織変革を牽引する役割でもあるという。

MDX本部が「半・出島」組織なのも、それを意図したものだ。子会社やジョイントベンチャーといった出島組織として完全に切り離し、独自の組織文化を構築するのではなく、他の部署ともリアルでもオンラインでもゆるやかに連携し、触発し合い、協業する。「社長自身がもっとも変革を望んでいる」と今川は話す通り、全社の組織文化が耕されていくのが、MDX本部の存在意義でもある。

今川

僕自身、海外の経験を通じて、価値観や考え方の多様性が価値創造に結びつくことを、身をもって実感しました。コンフリクトと言っても、あくまで同じ目的や方向性に向かって意見を戦わせているわけですから、健全なあり方です。ですからどんどん気づいたことは言ってほしいと伝えていますし、ときには僕が間に入って言葉の解釈や認識のズレを調整することもあります。

言葉だけでなく「行動」で、デザインの介在価値を証明する

MDX本部の存在によって、解釈や認識の違いが浮き彫りになった言葉の一つが、まさに「デザイン」だ。

インハウスデザイン組織がよくぶつかる壁ではあるが、ユニ・チャームでも例外ではなかった。デザインと聞いて、グラフィックやパッケージデザインについて想起する社員が少なくなかったという。ユニ・チャームには歴としたプロダクトがあるからこそ、「最終段階でデザイナーにお願いする」フローが定着してしまっていたという。そこで松薗と下村は、自らさまざまなミーティングへ赴き、企画段階からデザイナーが介在する価値を示していった。

松薗

ただ「上流工程から入らせてください」と伝えるだけではわからないので、まずは行動で示すしかないと思いました。ミーティングに参加して、アイデア出しの段階から視覚的に情報整理したりプロトタイプを組んだりする。すると「こんなふうにデザインが効いてくるのか」「アプローチを変えるとアイデアも変わってくるんだ」と実感してもらえる。とにかくやってみせて、理解してもらうしかないな、と。

並行して下村が進めたのは、インハウスデザインチームの働き方とプロセスの改善だ。デザインリードも兼務する下村が率いるチームには10名ほどのデザイナーが所属するが、その多くは20代の業務委託メンバー。MDX本部立ち上げ期から外部メンバーとして携わってきた下村は入社を機に、一気にチーム体制の改善に取り組んだ。

下村

最初に感じたのは、ミーティングやSlackなどのコミュニケーションでも業務委託のメンバーが萎縮してしまっていたこと。他にもプロジェクトの進行が非効率だったり、コミュニケーションや情報整理がうまく機能していなかったり、そもそもデザイナーの役割が限られていたりと、大小さまざまな課題がありました。

具体的な改善策としては、主に次のような具体策を実践していった。

  • KPT振り返りの導入:デザインチーム内で月1回のレトロスペクティブを実施し、問題点を可視化して小さなチームでの改善と個人の改善目標(TRY)を設定
  • ミーティングの効率化:デザイン定例を週3回に削減し、要件定義チームとの合同ミーティングは必要時のみ開催(これにより週最大4.5時間の作業時間を捻出)
  • 案件管理の標準化:議事録テンプレートや進行スケジュール表を整備し、情報共有を徹底。要件の優先度(Must/Want)を明確化してスコープのズレを防止
  • フローの見直し:MDX本部内の案件については、デザイナーが要件定義からプロジェクトに参加することを徹底
  • デザインレビュー体制の再構築:以前はリードが全案件をチェックしていたが、案件規模に応じてレビュー担当を3段階に分担(方向性の定まっていない案件はリード、大規模案件はシニアが担当し、小規模案件はメンバーが自走+Slackでフィードバック)。これによりフィードバックの高速化と担当者育成を両立(1スプリントあたりの処理案件数が7件→12件に増加)


加えて取り組んだのは、デザイナーのスキル育成とモチベーションの向上だ。サービス開発とは別にUI改善案件や自由研究案件を設け、デザイナーのみの裁量で提案から実装まで完結できる仕組みを導入。小さな実績を積み重ねることでデザイナーのモチベーションを向上。また、勉強会コミュニティ「MDXデザインLAB」を立ち上げることで、アウトプットのクオリティアップとナレッジシェア、チームビルディングを図っている。

こうしたインハウスデザイン組織の実践知がまさに発揮されているのが、2024年7月(Android版は同年10月)にリリースされた生理・体調管理アプリ『ソフィBe』だ。

これまで同ブランドでは生理管理アプリ『ソフィ』10代・保護者向けアプリ『ソフィガール』が提供されてきたが、『ソフィBe』では特に「ホルモンバランスと体調の関係性」に着目。

生理日を記録することでホルモンの変化と体調、気分などを「ホルモングラフ」で可視化し、AIチャットによってパーソナライズされたアドバイスが提供される。また、パートナーと情報をシェアする「妊活モード」も提供されており、『ソフィ 妊活タイミングをチェックできるおりものシート』とも連携した妊活アドバイスも可能だ。

リリースから着実にユーザー数を伸ばしてきたが、松薗、下村の参画以降、サービスのさらなる成長に向けてリサーチの精度を高めている。

松薗

ゼロイチから立ち上げたメンバーほど初期コンセプトに対する愛が強く、「絶対にこれを成し遂げる」みたいな強い思いがあるのですが、グロースにおいてはやはり市場の反応をしっかり注視しながら軌道修正していかなければなりません。隔週でリサーチして、本当にユーザーが求めているのは何かをチーム全体で理解することで、少しずつユーザー志向の考え方が定着してきたと思います。

今川

マーケティングとデザイン、ものづくりとデジタル開発、アジャイルとウォーターフォール……その違いを認識するためのすり合わせがようやく終わって、やっと新たなスタートを切る準備ができたような気がしています。

「デザイン経営の“ど真ん中”」に携わる

これまで生理用品という、限られた期間のみで生じていたユーザーとの接点が、『ソフィBe』という日常的に使うプラットフォームを通じて、変わろうとしている。

日々寄せられるユーザーの声や行動、感情……さまざまなデータが、新たなサービス開発や事業展開につなぐための確かな資産となっている。2024年11月に取り扱いを開始した少額短期保険『ソフィ おまもり保険 女性向け医療サポート』は、その先駆けとなる新規事業だ。

組織横断の取り組みも進んでいる。下村は「デザインチームの横断化」を提案。2025年度から正式に体制移行し、デザインチームがアプリ開発のみに閉じるのでなく、新規事業開発など他部署とのプロジェクトにもより関与するようになった。

また、開発本部ではユニ・チャームのコアコンピタンスである「不織布・吸収体」以外の領域に取り組むR&D組織を新設。カテゴリを決めて探索するのではなく、MDX本部のメンバーと協働してインサイトを探るなど、調査手法からテーマ設定まで従来とは異なるアプローチが導入されている。

実際、松薗がその組織にユーザーリサーチの手法を共有したところ、「やってみました」という反応がすぐに返ってきたという。これまでマーケティング部門の専門領域だったリサーチが、デザインプロセスによって「自分たちでもできるもの」に開かれつつあるのだ。

2024年にユニ・チャームはコーポレート・ブランド・エッセンス「Love Your Possibilities」を公表。ソフィブランドとしても「女性の生理によりそう『ソフィ』から、女性のウェルネスケアブランド『ソフィ』へと進化する」と発表した。今川はようやくその価値観が社員にもインストールされつつあると話す。

今川

やっとみんなから自然と「ソフィはウェルネスケアブランドだから」「女性のウェルビーイングのために」と口にするようになってきました。概念や掛け声だけでは変わりません。身近で実践していき、サービスやプロダクトを通じた実体験がなければ、組織は変わらないと思っています。

松薗はMDX本部での取り組みを、「まさにデザイン経営の“ど真ん中”」と評する。松薗と下村は、大手メーカーのインハウスデザイナーとして働く醍醐味と、今後への意気込みを添えてこう語る。

松薗

これまでの組織よりは時間はかかりますが、そのぶん大きなことができる可能性がある。それに自分自身が当事者である領域で、いちユーザーとしても、本当に良いと実感できるものをデザインできるのは、なかなか得られない経験です。

私は学生時代から、社会の不を解決することとビジネスモデルを両立させ、いかに持続的な活動にしていけるのかに関心を持っていました。ずっと追い続けてきた問いを、まさにここで解き明かせるかもしれない。「女性の自己効力感を高める」ことを、きちんと稼げる持続的なビジネスにする。自分のデザインしたものでいかに女性の自己認識や行動変容が起きるのか、フィードバックサイクルを回しながら、ユーザーに良い価値を提供し続けたいと思います。

下村

せっかくユニ・チャームに来たんだから、リアルなプロダクトはぜひ作りたいですね。アプリのデータを活用することでユーザーの本当に望むものが見いだせると感じています。それをもとにユーザーの「不」を解決できる優れたデジタル・リアルプロダクトを生み出せたら嬉しいです。それに、デザイン組織を作る経験はなかなか得られないですよね。まだまだ勉強しながらですが、より良い体制づくりや人材育成に力を入れてMDXらしいデザイン組織を作っていきたいです。

ユニ・チャームMDX本部の事例は、大企業におけるインハウスデザイン組織の一つの理想的なあり方を提示しているともいえるのではないだろうか。新規事業と既存事業との対立構造を生み出すのではなく、全社変革の起点として機能する「半・出島」。デザインによる組織変革の本質は、まさにここにあると言えるだろう。それは単に新しいプロダクトやサービスを生み出すことではなく、組織全体の思考様式や価値観を変容させ、新たな価値創造につなげることだ。

今川

人口の半分を占める女性の悩みはますます多様化していますし、フェミニンケア領域は相談しにくいカテゴリでもある。けれども私たちにはこれまで培ってきたノウハウと豊富なデータがあります。ライフコースの多様化への対応を早急に進めつつ、既存事業と新規事業、リアルプロダクトとデジタルを結びつけて、より多くの価値を世の中に提供していきたいです。

Credit
執筆
大矢幸世

ライター・編集者。愛媛生まれ、群馬、東京、福岡育ち。立命館大学卒業後、西武百貨店、制作会社を経て、2011年からフリーランス。鹿児島、福井、石川など地方を中心に活動。2014年末から東京を拠点に移す。著書に『鹿児島カフェ散歩』、編集協力に『売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放』『最軽量のマネジメント』『カルチャーモデル』『マイノリティデザイン』など。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

Tags
Share