願いに駆動されるデザインが「三方よし」を実現する——安藤昌也×伊原力也×川合俊輔×山本円郁

「売り手よし・買い手よし・世間よし」──近江商人が起源と言われる「三方よし」の商売哲学。

近年はSDGsなど、世界的なビジネスの潮流も「三方よし」に近い方向性を志向する流れが強まっている。デザインにおいても、事業者が製品やサービスを通じて、ユーザーが意図せず不利な意思決定をするよう誘導する手法「ダークパターン」をはじめ、「三方よし」でないデザインを問題視する議論が一層増えつつある。

売り手・買い手・世間に配慮した「三方よし」のプロダクト開発は、いかに実現できるのだろうか──。

そんな問題意識から、2025年3月に開催されたイベント「価値ある三方よしを生むためのプロダクト開発 ——作り手の倫理・責任・願い」。登壇したのは、HCD-Net ダークパターン研究会 主査の山本円郁、フリー株式会社でデザイナーを務める伊原力也、株式会社STYZ & デザインスタジオCULUMU CDOの川合俊輔、そして千葉工業大学 先進工学部 知能メディア工学科教授の安藤昌也だ。

ダークパターン、アクセシビリティ、インクルーシブデザイン、UXデザイン。異なる領域で活躍する登壇者の視点から、「三方よし」を実現する手がかりを探った。

海外では進む法規制──「ダークパターン」の現在地

まず登壇したのは、HCD-Net ダークパターン研究会 主査を務める山本 円郁。氏が専門とする「情報アーキテクチャ(IA)」の観点から、近年大きな課題として浮上している「ダークパターン」の問題について話題提供を行った。

トークは、認知心理学や行動経済学の知識を応用していく昨今のデザインの潮流に対する懸念から始まった。近年は一部で行動経済学の知見を活用してのダークパターンを問題視する議論も起こっているが、山本も、そうした技術や知見がビジネスに「都合の良い」形で悪用されてしまうことに関して警鐘を鳴らす。

「ダークパターン」をデザインと法律はいかに克服できるか?——コンセント・長谷川敦士 × 法律家・水野祐
https://designing.jp/hcd-net-hasegawa-mizuno
サイトを開く

山本「認知心理学や行動経済学の知見が『都合良く』使われてしまう事例が後を絶ちません。その典型的なものが『ダークパターン』、つまり人を欺くデザインです。サブスクリプションを解約させないよう退会ボタンを隠す、不必要なポップアップで心理的に不安を煽る……こうした事例は世界中で大きな問題となっています。

本来であれば、ユーザーは自分のペースで適切な判断をしたいはずです。しかし、ダークパターンはそうさせない。ユーザーの決断を焦らせたり、あえて誤った行動に導いたり、不利益を被らせたりすることで、人々の冷静な判断を邪魔するわけです」

株式会社インクワイア 取締役 / HCD-Net ダークパターン研究会 主査 山本 円郁

2022年、OECD(経済協力開発機構)が「ダーク・コマーシャル・パターン(Dark commercial patterns)」と題したレポートにて、ダークパターンを以下の7つに類型化した。

  • ①行為の強制(Forced Action):ユーザーにアカウントの作成や情報提供を強要する。会員登録しなければ中身を見せないECサイトがこれに該当する。
  • ②インターフェース干渉(Interface Interference):視覚効果を利用して特定の選択に誘導する。ユーザーユーザーに押してほしいボタンが目立つように、色や文字の太さを変えるデザイン。
  • ③執拗な繰り返し(Nagging):ユーザーにとって役に立たないであろう行動を促し、しつこくユーザーの行動を中断する。
  • ④妨害(Obstructing):簡単に申し込みができるにもかかわらず、複雑な手順を踏まないと退会ができないダークパターン。退会する場所をわかりづらくしたり、電話をしないと退会できなかったりと退会のハードルを上げている。
  • ⑤こっそり(Sneaking):消費者に気付かれないように不利な情報を隠す。
  • ⑥社会的証明(Social Proof):サイト上に「今◯◯人が閲覧中!」「◯◯が5分前に予約しました」などの表示を強調し、ユーザーに焦りを与える。
  • ⑦緊急性(Urgency):緊急性を煽ることで、消費者に決断を迫る。

山本は、こうしたユーザーを欺くデザインの問題として、日本にはWebサービスにおけるダークパターンを罰する明確な法律がないことを指摘。そして「ダークパターンによって売上は伸びる。ユーザーは気づかず、開発者も悪気がない」ため、問題が深刻化しているという。

他方、海外では、ダークパターンの法規制が進んでいる。例えば、米国連邦取引委員会(FTC)は、ダークパターンを「商取引における、または商取引に影響を及ぼす不公正又は欺瞞的な行為・慣行を禁止」するFTC法5条違反として、積極的な取り締まりが行われている。

例えばオンラインゲームのFortniteでは、クレジットカードの情報を保存させるように誘導させており、ゲームで遊ぶ子どもは親の承諾なしにゲーム内で使用するアイテムなどを購入することができるようになっていた。2022年、FTCはこれをダークパターンと認定。Fortniteを開発・運営するEpic Gamesに2億4500万ドルの罰金を支払うよう命じたという。

また2023年、FTCは世界最大級のeコマースプラットフォームであるAmazon.comに対し訴訟を起こす。Amazonは、同社が提供する有料のサブスクリプションサービス・Amazon Primeの解約手順を複雑化させていた。解約手順を故意に複雑にする設計を社内では「イリアスフロー」と呼び、戦略の一つとして認識されていたという。

山本「日本ではダークパターンを利用したデザインを実装しても、罰則を受けるわけではありません。成果を出せば自分の給料も上がるかもしれない。しかし、かといって人を欺くダークパターンに手を染めて良いのでしょうか。

もちろん、今後日本でも法規制が進むかもしれません。しかし、『罰せられるからやめる』、それは果たして倫理的な態度だと言えるのでしょうか。デザイナーは自分がデザインしたものの『その先』——ユーザーの姿や世間への影響を考える必要があると思っています」

では、デザインの「その先」とはなにか。山本は、紙と印刷の責任ある生産を促進することを目的とした国際的なプロジェクト・two sideによって刊行されたレポート『Paper and Print Myths and Facts』によるデジタル名刺への批評を引き合いに出して語った。

一見すると、紙を使用しないデジタル名刺は無害そうに見える。しかし、デジタル名刺にアクセスしようとすると、一回検索するごとに0. 7gのCO2が排出されるという。一方で紙の名刺では、カードの全寿命を通じて排出するCO2が0.12g未満。実はデジタル名刺の方が環境負荷が高いのだ。

山本「一見すると良いものをつくったと思ったとしても、本当にその先で良い影響が生まれているのか。デザイナーが自ら問い続け、想像することが重要です。

『売り手よし』だから『買い手よし』というわけではないですし、『世間よし』とも限らない。本当に売り手だけでなく、買い手や世間にとって良いものをつくれているのか。どうしたら『三方よし』を実現できるのか。デザイナーはこの問いに向き合い続ける必要があると思っています」

「世間よし」を置き去りにしないためのステップ

他方、企業には「世間よし」を優先できない事情があるのもまた事実だ。企業内で発生する葛藤に対して、デザイナーはどのように向き合えばいいのだろうか。

この問いに対する示唆を与える話題を提供してくれたのは、フリー株式会社のデザイナー・伊原力也だ。氏の共著には『Webアプリケーションアクセシビリティ』(技術評論社、2023)『モバイルアプリアクセシビリティ入門』(技術評論社、2024)があり、アクセシビリティの普及啓発に取り組んできた。

Webアプリケーションアクセシビリティ──今日から始める現場からの改善
https://amzn.asia/d/huUXJLD
Amazon.co.jp で購入
モバイルアプリアクセシビリティ入門── iOS+Androidのデザインと実装
https://amzn.asia/d/8RrSIwe
Amazon.co.jp で購入

「三方よし」を実現できていない企業は「満足する顧客が増えれば、自ずと世の中は良くなるはずだ」と買い手と売り手の「二方よし」、もしくは「我々は世間も買い手も考慮した売り手である。だから我々が生き残るべきだ」と売り手のみの「一方よし」にとどまっていると伊原は指摘する。このように「世間」の優先度を下げてしまう背景には「会社を存続させるための『短期的な指標達成』という圧力がある」。営利企業は、企業が活動で得た利益を出資者に還元することが前提にある。そのため、ビジョンやミッションを達成するための手段であった「短期的な指標達成」が目的化してしまうという。

伊原「このような状況で何が起きるのか、想像することは難しくないですよね。、ダークパターン抑止、UXデザイン、インクルーシブデザイン、アクセシビリティ……『世間よし』のための取り組みが全て後回しになってしまいます。

『サブスクリプション継続率を上げたいから、ダークパターンかもしれないけれど“一旦”解約手順は複雑にしよう』。『ユーザーに寄り添って開発できていないけど、“一旦”リリースしよう』。『今のターゲットには、インクルーシブデザインは“一旦”必要ない』。このように、『三方よし』の実現を保留にしてしまいます」

こうした葛藤を乗り越えるためにも、まずは「世間よし」に向かう「信念」を持つことが大切だと伊原は語る。

伊原「相手は資本主義経済です。 『三方よし』を実現することはそう簡単なことではありません。長期的に『三方よし』の重要性を訴えて行動するためには、まずは自分が実現したいと心から思えることでなければ難しい。それが、10年近くアクセシビリティの導入を訴えてきた私の所感です」

しかし、問題は誰も信念の持ち方を教えてくれないということ。そこで伊原は、自身の経験を振り返りながら「信念」を獲得するための5つのステップ──「①初期衝動に向き合う」「②世間に向き合う」「③信念の原石を拾う」「④疑問を反転させてみる」「⑤信念を仮決めして歩いてみる」を紹介した。

フリー株式会社 デザイナー 伊原 力也

伊原「生活の中で、『どうしてあんな結果になるのか』『あんなことになるのはおかしい』『ああいうことはするべきではない』……と、社会に対して疑問が湧く瞬間があると思います。私はその疑問が信念の原石だと思うんです。だから、社会に感じた違和感、疑問を見過ごさずにすくい取り、そしてその疑問を疑問のまま持ち続けるのではなくポジティブなかたちに反転させていくことが大事だと思います。

最初は信念は仮決めで構いません。進めていくうちに自分がこういう方向で世間を良くしていきたいという気持ちが強化されます。すると考えが明確になり、広がりを持つようになる。信念を仮決めして歩いていくうちに、本当の意味での信念になっていくのではないかと思います」

カスタマージャーニーの「その前」と「その先」

続いて登壇したのは、株式会社STYZ&デザインスタジオCULUMU CDOの川合俊輔。
CULUMUは、「障壁を生まない豊かな社会をデザインする」を旗印に、企業・公共機関を対象にインクルーシブなプロダクト開発を支援している。

CULUMUが大事にしているのは、多様な人の意見を聞く、もしくは実際にプロジェクトに参画してもらうこと。そして、「その先」のカスタマージャーニーを考えることだという。

川合「一時的に問題解決に繋がっていたとしても、裏側では次の課題が生まれていることや排除が生まれていることは、往々にしてあります。ユーザーにサービスやプロダクトを提供した『その先』を考えることで、インクルーシブデザインの新しいアイディアが生まれるんです」

川合は「その先」まで考えた事例を3つ紹介した。

1つ目は水泳用品・介護用品・健康インナーのメーカーであるフットマーク株式会社を支援して開発に携わったランドセル。革でつくられるようになって長い年月が経つランドセルだが、氏が携わったデザインリサーチの中で、体幹が弱い子や小柄な子は大きくて重たいランドセルを背負うことが難しい、という課題に着目している。

川合「発達特性を含む多様な児童とその家庭にお邪魔したり、インタビューをしたりして、子どもが直面する課題を親御さんがどのように課題解決しているのかフィールド調査を重ねながら、新しいランドセルがデザインされている。

そこで生まれたのが「RAKUSACK」という布でつくられた重さを感じにくいランドセルです。布製品だからこそ低価格で提供でき、小学校6年間の中で成長に合わせてサイズを買い替えることも可能です」

写真提供:CULUMU

これまで想定していたカスタマージャーニーはユーザーにランドセルを届けるところまで。しかし、「その先」で苦労している人がいた。川合いわく、届けた先のユーザーの視点を吸収することが次のアイディアを生むことになるのだそう。

2つ目の事例は、不動産領域でのガイドラインづくりだ。オフィスビルやマンションなどの開発・賃貸・管理を行う総合デベロッパーのマンションブランドとコラボレーションして、「住み続ける」を実現するためのガイドラインを作成した。

川合「マンションを購入したら『生涯、住み続けてもらう』ことが理想です。しかし、マンションもランドセル同様、住むまでのカスタマージャーニーしか引かない不動産会社が多く、住み始めてからどのような点で購入者が悩むのか把握できていませんでした。

そこでCULUMUは、どのような方がマンションに住み、どこに苦労しているのかリサーチし、200ページにもわたる『住み続ける』を実現するマンションのデザインガイドラインを作成しました」

3つ目には、医療・ヘルスケア・保健領域における事例を紹介した。医療・保健による支援では、一時的に改善しても後遺症が残ることがある。あるいは、治療後には仕事への復帰や、結婚などさまざまなライフステージの変化もある。そういった状況の中で、一時的な治療に取り組むのではなく、治療後のカスタマージャーニーを理解した上で新規のサービスをつくることができないかヘルスケア関連企業と共に考えているという。

川合は「サービスやプロダクトを提供して終わりにするのではなく『その先』を考えることが『三方よし』に向かう一歩目だ」と語った。

株式会社STYZ & デザインスタジオ CULUMU CDO 川合 俊輔

加えて、川合はカスタマージャーニーの「その先」だけでなく、カスタマージャーニーの「その前」を改善する試みとしてアクセシビリティについても触れた。

川合「これまでは障害は個人が抱えているものであり、治療やリハビリテーションなど、個人の努力によって問題を解決する『障害の個人モデル』が主流でした。しかし、近年では障害は社会やその人をとりまく環境がつくっているものだと考えられるようになり、社会や環境を変えることによって問題の解決を目指す『障害の社会モデル』が重要視されるようになっています。
そのため、サービスやプロダクトの提供者は、障害を生み出すものや環境をつくってはいけない。あらゆる人が不自由なく利用できるようにする必要があります」

川合いわく、プロダクトやサービスの利用に障害をつくる、社会的バリアのパターンはいくつかあるという。

  • ①物理的なバリア:公共交通機関、道路、建物などにおいて、ユーザーに移動面で困難をもたらす物理的なバリア。
  • ②制度的バリア:社会のルール、制度によって、障害のある人が能力以前の段階で機会の均等を奪われているバリア。
  • ③文化・情報面でのバリア:情報の伝え方が不十分であるために、必要な情報が平等に得られないバリア。
  • ④心理的バリア:周囲からの心ない言葉、偏見や差別、無関心など、障害のある人を受け入れないバリア。

アクセシビリティの取り組みでは「③文化・情報面でのバリア」を改善する動きは進んでいる一方で、「②制度的バリア」や「④心理的バリア」に関しては未だ課題が山積していると語。

川合「博物館では手話や点字で説明を入れる、筆談ボードを設置するなど、『③文化・情報面でのバリア』にアプローチする取り組みは多くあります。しかし、実際に難聴者の方とお話してみると、今までの経験から『私向けではないと感じてしまう』『自分が利用することは難しい』と利用前に諦めてしまっていたり、『以前行ってみたけれど、筆談ボードにほこりが被っていて難聴者の優先度は低いんだと思ってしまった』とアクセシビリティの取り組みが逆に、次の訪問を阻害している可能性もあります。

利用時のアクセシビリティを改善するだけでなく、『点字や手話による説明を追加しました』『筆談ボードを使って話しかけてください』といった迎え入れていることを示すなど、利用前のアクセシビリティ——『予期的アクセシビリティ』を見直す重要性が、これから高まってくると思います」

仏教から考える「三方よし」への道筋

最後にプレゼンを行ったのは、千葉工業大学 先進工学部の教授で、UXデザイン研究者の安藤昌也。お寺の住職というもう一つの顔も持つ氏は、「三方よし」を仏教の菩薩行と関連づけて、話題提供を行った。

安藤は「『三方よし』という言葉の成り立ちには、仏教文化の影響が大きい」と語る。

「三方よし」は近江商人の経営哲学として知られているが、近江商人自身が「三方よし」という言葉を使っていたわけではなく、後世に近江商人の経営理念を表現するためにつくられたのだという。そのルーツは、伊藤忠商事の創業者・初代伊藤忠兵衛が近江商人の先達に対する尊敬の思いを込めて発した「商売は菩薩の業(行)、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの」という言葉にあると考えられている。

*1 商売は菩薩の業(行)、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの:

「商売は菩薩の仕事である。つまり仏さまに成り代わって、世間の過不足をうめていく行為を行うのが商人である。したがって仏様の御心にかなうものでなければならない」という意。

安藤「いきなり「菩薩」という言葉が出てくることがポイントです。滋賀県——近江商人の里は、浄土真宗の信仰が非常に盛んな地域。伊藤忠兵衛も浄土真宗を信仰する真宗門徒でした。

浄土真宗の僧・蓮如が大阪に移動すると近江商人たちも一緒に大阪に移り住み、「船場商人(大坂商人)」と言われるようになります。それほど、伊藤忠兵衛をはじめとする近江商人にとって浄土真宗が大事な存在だったのです」

続けて安藤は、「三方よし」の本質を掴むための重要な点を2つ挙げた。

1つは伊藤忠兵衛の言う「菩薩の業(行)」という言葉だ。大乗仏教における菩薩とは「悟りを求める者」という意味である。つまり、悟りを開きたいと思えば、その瞬間から菩薩ということになる。しかし、自分だけが悟るのではなく「生きとし生けるものすべての生命(衆生)を救うまでは、自分自身も仏になりません」という願いを立てる。

つまり伊藤忠兵衛は、商売も買い手のため、社会のために貢献する仏道修行なのだと言ったのだ。

そして、2つ目の要点に「させていただく」という話法を挙げた安藤。敬語の誤用だと言われているが、元は真宗門徒の門徒言葉なのだそう。

安藤「真宗門徒にとって、あらゆる縁は阿弥陀如来の「お陰様」なんです。いまも私は、阿弥陀如来のお陰様でこのイベントに登壇できていると思っているので、「話させていただきます」と自然に口から出てくるわけです。ならば、商人たちは自然と「売らせていただく」という姿勢が染みつき、「世間よし」を実現するようになると思います」

安藤は「三方よしにおいて重要なのは、売り手の世界観」だと意見する。システムや法規制によって三方向に良いという「構造」をつくることではなく、菩薩の「メンタリティ」を売り手が持つことが「三方よし」の本質なのだという。

伊藤忠兵衛の言葉を今の時代に当てはめて考えてみると、「デザイナーやエンジニアだって、菩薩行(業)だ」と安藤は語る。

千葉工業大学 先進工学部 知能メディア工学科 教授 安藤 昌也

菩薩には「願いを立てる」という役割があるという。安藤は、菩薩の役割に引きつけてデザイナーの役割にも考察を重ねる。

安藤「デザインの役割は、相手のニーズに応えることだと思っている人もいるかもしれません。しかし、実際はそうではありません。デザイナーは、つくり手がユーザーにどのような主体的に変容することを願っているのか、「つくり手の願い」に気づいてもらうことが重要なのです」

「つくり手の願い」を感じられる事例として、サントリーが提供する法人向けサービスで、アース製薬のXの投稿で話題になった「社長のおごり自販機」をあげた。

社員2人が同時に社員証をかざすことで、それぞれ1本ずつ飲み物を「社長のおごり」として無料で受け取ることができる。利用する社員は、「活発なコミュニケーション」を会社から願われていることに気づく。このように良いサービスやプロダクトは、つくり手の願いが見えるというのだ。

しかし、「つくり手の願い」と「ユーザーのニーズ」は必ずしも一致しない。安藤氏は、願いをデザインすることの難しさを述べる。

安藤「ユーザーがどう変容するといいのか、ユーザー自身も理解していないことがあります。つくり手や親は、チョコを食べたいという子どもに、ただチョコをあげるようなことはしません。『チョコを食べ過ぎないように、自分で調整できるようになってほしい』と願います。しかし、『子どものニーズ』と『親の願い』には距離があって、子どもは『なぜ、たくさん食べれないのか』疑問を抱き、親の願いを受け入れることが難しい。一方的に『こうなってもらいたい』と伝え続けても、限界があるわけです」

では、いかにして「つくり手の願い」と「ユーザーのニーズ」の乖離を埋めることができるのだろうか。大事なのは「気づきをデザインすることだ」と「願い」のフレームワークを紹介した。

安藤「チョコの例を再度使うなら、『①解決してあげたいこと』はチョコレートを食べて、幸せな気持ちになること。『②ユーザーの目標の姿』は親心やつくり手の願いである『チョコを食べ過ぎないように、自分で調整できる人になってほしい』ですね。その二者の乖離を埋める『③ユーザーに気づいてほしいこと』は、『甘いものを食べたら虫歯になりやすくなることに気づいてほしい』『食べてもいいけど、すぐに歯磨きをするように意識できるようになってほしい』などになるでしょう」

では、デザイナーはどのようなことを願えばいいのだろうか。安藤はUXデザインを構想する3ステップ「①リサーチ」→「②発想・計画」→「③ビジョン」に紐づけて、作り手の願いを構想する視座「五観の道」を紹介した。

安藤「これら『五観の道』を実践する上で、すべての基礎となる意識が『仮和合観(けわごうかん):あらゆる状況を固定的にとらえず、ゆらぎ続ける状態として認識する態度』です。すべてのものは仮の状態だと認識することで、デザインの新しい可能性を模索できるのです」

生活者を「想像」する解像度を高めるために

ここまでの各登壇者による話題提供を踏まえ、イベントの後半ではトークセッションが行われた。

それぞれの話題提供では、「三方よし」を実現する上で、デザイナーが生活者一人ひとりに向き合う重要性が強調されてきた。それを受けて、「一方で、プロダクト開発時には『ペルソナ』という形でまとめる必要がある。ただ、その作業の中でこぼれ落ちてしまう、一人ひとりの切実な暮らしが確実に存在する。生活者にはさまざまな暮らしや生活の悩みがある中で、どのようにペルソナを考えればいいのか」と問いかけるモデレーターの山本。これに対し、安藤は以下のように答えた。

安藤「ペルソナは人ではなく、利用状況を人格化したものです。ある状況に置かれたら、人はみな同じような困難に直面する。障害は個人にあるものではなく環境や社会といった状況の中にあるという『障害の社会モデル』の考え方と同様に、人が置かれている状況に目を向けることが重要だと思います」

では、ユーザーの生活や状況についてどのように解像度を高めることができるだろうか。川合は、カスタマージャーニーの「その先」について「現場で人を見ながら、今後何が求められるようになるのか」考えているという。

川合「(話題提供で紹介した)ランドセルの取り組みでは、少子高齢化と共に学校の数が減ったことで、一人あたりの小学生の通学時間が長くなってきていること、そして気温の上昇によって熱中症のリスクが高まってきていることが、リサーチを通してわかりました。ならば、今後は『小学生が安心安全に登下校できること』がより求められるようになるだろうと考えたんです。

そうすると、例えば熱中症対策を考えて、ランドセルだけではなく『帽子や服装について考えないといけない』『教科書を減らさないといけない』といった新しいサービスや事業のアイディアにも繋がっていきます」

川合の意見を踏まえて、安藤氏は「ユーザーの今の生活を見ることはもちろん重要ですが、過去を見ることも大事だ」と意見を重ねた。

安藤「先ほど、あらゆる状況はゆらぎ続ける状態として認識する『仮和合観(けわごうかん)』が大事だとお話ししました。しかし、今の社会や環境は固定的なものではありません。例えば、お葬式で黒い服を着ることが現代の常識になっていますが、かつては白い服を着ることが当たり前でした。常識が変われば、人の行動や振る舞いは変わるのです」

「三方よし」という「願い」を諦めないこと

当日のセッションでは、来場した参加者からさまざまな質問も寄せられた。その中には「気持ちとしては『三方よし』を実現したいが、そうした話題を出せる雰囲気ではない」という切実な悩みを打ち明ける人もいた。対して伊原は、三方よしを実現する環境を持つ難しさについて言及した。

伊原「『三方よし』を実現するためには『言われたことをやる立場』ではなく、企画やリサーチを担う『重要なポジション』に就かなければならない。しかし、そのためには『売り手よし』に迎合しなくてはならない。企業で『三方よし』を実現しようと思うと、こうしたパラドックスに直面します」

このような状況を、デザイナーはいかにして乗り越えることができるだろうか。川合は「願うことを諦めないこと」が大事だと語る。

川合「願い続けることで引き寄せられることがあると思います。『子どもに関わるプロジェクトをやりたいな』と思っていたらたまたま依頼をいただいたり、美術館が好きなメンバーが入ったらその瞬間に美術館関連の仕事をいただいたり。『願い』があるだけで、叶う確率が変わってくるはずです」

「とはいえ、一人で願いを持ち続けることにも限界がある」と伊原。以前同氏が執筆した記事「情報を共有して仲間を探す」にも言及しつつ、「三方よしの実現を志す仲間をつくること」の重要性について伊原は語った。

伊原「アクセシビリティのイベントを開催したり、本を出版したりすると、同じ志を持つ人が声をかけてくれることがあるんですね。今まで続けることができたのも、自分は一人ではないと、さまざまな方に勇気をもらってきたからこそだと思います。自分がやっていることを信じて、願いを持ち続けるためには『仲間』の存在が大事です。

そして仲間は会社の外——サードプレイスに置くことがポイントだと思います。一個の場所で願いを求め続けると、思い通りにいかなくなった時に精神的な負担が大きくなってしまう。だから、サードプレイスに仲間をつくっておくことが、願いを諦めずに持ち続ける上では重要になってくると思います」

一方で安藤は、まずは社内の人に理解してもらうために「願いを構造化して伝えること」が大事だと語った。

安藤「社内で『三方よし』を実現することが難しい原因の一つに、心の中に願いがあっても言葉にできていない、もしくはなぜその願いが重要なのか周囲の理解を深められていない、といったことがあると思います。

先ほど紹介した願いのフレームは、願いの抽象度を整理できるように構造化しています。願いのフレームを活用してくれたあるシステム開発をしている方によると、『さまざまな新規導入を検討している機能のアイディアが出されていた時に、願いのフレームで整理したら、それぞれどういう役割を担う機能なのか説明がしやすくなった』というんです。

仲間をつくることはもちろん大事ですが、周囲が理解できるように願いを言語化することで、議論が進むこともあります。願いを表明していくことがまずは一歩、できることではないでしょうか」

営利企業において「三方よし」を生むプロダクトづくりを会社に導入していくことは、そう簡単な道のりではない。また新技術が台頭する中でUI,UXはますます複雑化し、デザイナーの影響力は高まっている。だからこそ、自らつくるUI,UXをはじめ、プロダクトやサービスなどがユーザーにどのような意思決定を迫り、どのような結果をもたらすのか。傷つく人はいないのか──そう問い続けることこそが、いっそう重要になっていくだろう。

Credit
取材・執筆
並木里圭

2001年千葉県生まれ。関心は民藝、アナキズム、フェミニズム。立教大学観光学部卒。2025年から大学院進学予定。1番好きな花はチューリップ。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

Tags
Share