デザイン読書補講 12コマ目『不便益という発想』

supplementary reading

こんにちはこんばんは、吉竹です。

この『デザイン読書補講』は「デザインを学び始めた人(主に学生)の世界を少しでもひろげられるような書籍をおすすめする」をコンセプトに連載しています。

わたしの自己紹介や、この連載が生まれた経緯は1コマ目『UX・情報設計から学ぶ計画づくりの道しるべ』で書いていますので「どういう人が書いているんだろう?」と気になった方は合わせて読んでみてください。

デザイン読書補講 1コマ目『UX・情報設計から学ぶ計画づくりの道しるべ』
https://designing.jp/supplementary-reading-1
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今日の1冊

デザイン読書補講12コマ目にご紹介するのは、川上浩司『不便益という発想〜ごめんなさい、もしあなたがちょっとでも 行き詰まりを感じているなら、 不便をとり入れてみてはどうですか?』(インプレス)です。

なかなかインパクトのあるタイトルですよね。きっと多くの人が「おっ?」と感じたのではないでしょうか。

不便益という発想~ごめんなさい、もしあなたがちょっとでも 行き詰まりを感じているなら、 不便をとり入れてみてはどうですか?(しごとのわ)
¥ 2639
https://www.amazon.co.jp/dp/4295000922
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著者の川上氏は不便益をテーマに大学で長年研究をされている方です。不便益の事例紹介や活動報告などは以下のサイトにもまとまっているのでぜひ合わせてご覧ください。

不便益って?
http://fuben-eki.jp/whatsfuben-eki/
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不便益システム研究所 Institute of Fuben-eki System
https://www.facebook.com/fuben.eki
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さて、まずは「そもそも不便益とは何か?」を、本書の言葉をお借りしながら説明していきましょう。

「不便・益」とあるように、不便益とは「不便であるからこそ得られる効用(p.18)」を指します。不便と聞くと「使いにくい・避けるべきもの」と感じるかもしれませんが、ユニークなのは「だからこそ効用が得られる」と続いている点です。

本書を読んでいると、不便益には「自らが取り入れる不便益」と「誰かからもたらされる不便益」の2種類があるように感じます。いつもは交通機関で通う経路をあえて歩いてみると知らなかった町並みやお店に出会える、というのは前者の不便益です。

後者はサービスやプロダクトを利用しているときに遭遇しやすいでしょう。例えば事例でも紹介されている安藤忠雄の代表作『住吉の長屋』は、住宅の中央に配置された中庭によって居間から台所に向かうには一度外に出ないといけなかったり、雨の日はトイレに行くにも傘を差さないといけないといった使いにくさが有名です。

写真04 | 2021年 新春号 藤塚光政の写真術を読む
https://jp.toto.com/tototsushin/2021_newyear/case04.htm
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しかしその一方で、日々の生活に自然が入り込むことで一般的な住居では得難い体験が得られる側面も持ち合わせています。

出典不明ではありますが、Wikipediaの住吉の長屋の項目には施主のこんな評価が載っています。

光庭を中心として四季の移ろいを肌で感じ、ときに恨めしく、心踊らされ、あるときは格闘を強いられ、あるいは諦めたこともある。生きることに飽きるということがなかった。剥き出しの光庭が安易な利便性を排除することで不便と引き換えに天まで届くような精神的な大黒柱をもらった

ふつうの家に住んでいたら、ここまでの言葉はなかなか出てこないですよね。これはまさに「効用」と呼んで差し支えないでしょう。

PFUのHHKB(Happy Hacking Keyboard)にはキーボードの印字がない無刻印モデルがありますが、これにも不便(自分が打つキーが事前に予測できない)と益(タイピング能力の向上や使いこなすカッコよさ)によって成り立っています。

HHKB Professional BT 無刻印/白 (英語配列)|PFU

住吉の長屋とHHKBは、誰かによってもたらされた不便益でありつつ、それを自分で選択しているのもポイントです。本書では、不便も益もそれを選んだ人(あなた)が享受すべし、と書かれています。

不便益であるためには、少なくとも以下の二つの問いに答える必要があります。

  • 益も不便も、あなたのものですか?
  • 益は、不便だからこそですか?(p.179)

たしかにHHKBの無刻印モデルを会社から強制的に支給されたら、望んでいない人にとっては不便益どころか仕事の効率が下がる不便害となってしまいそうです。

では反対に「望まれていない便利」はどうでしょうか。

本書は第1章で「便利とは何か」を探っているのですが、ここで紹介されている例がとにかく極端で面白く、グッと引き込まれます。

それが富士山の山頂まで続くエレベーターに、誰でもヒットが打てるバット。たしかに便利の極みとも言えますが、同時に「これって楽しいんだっけ」と疑問が芽生えます。不便益に初めて触れた人の「不便だけど良い、ってホント?」に対する「便利なだけで良い、って言っていいの?」というカウンターのようにも思えます。

もちろん、だからといって不便益は「不便なままでいよう」「不便な時代に戻ろう」といったノスタルジーではありません。

「不便益」と言っていると、懐古主義だと思われたり、不便であれば何でもOKだと思われることもありますが、そういうわけではありません。(p.108)

世の中には「不便によって得られる害」もあれば「便利によって得られる益」や「便利によって得られる害」もあります。そうした便利・不便と益・害の関係性の中で「不便によって得られる益もあるよね」と光を当てているのが不便益なのです。

便利による害とデザイン

この不便益という考え方、僕はデザインを学んでいる方や実践されている方にもっと知れ渡ってほしいなあと思っています。

なぜなら(デジタル)プロダクトのように人が使う道具をデザインする場合、学習の入口で「デザインとは課題解決のための手段である」と教わり、「使いやすいもの・便利なもの」をデザインするように求められがちだからです。実際、自分も学校の講義ではそうした話を中心に展開しています。もちろんデザインに対する認識がそこで止まるわけではないのですが、学校を卒業して会社に所属すると、求められる仕事内容が「課題解決」「使いやすい」に寄っている実感はあります。

困りごとを解決する便利なサービス、使いやすいプロダクト。できなかったことができるようになったりストレスなく使えるのは、根本としては心地よい体験だと思います。ただ一方で少なからず違和感もあります。先ほどの富士山エレベーターやヒットの打てるバットほどの明確さはありませんが、なにか心地よさによって失ってしまったものがあるような気がするのは自分だけでしょうか。

手がかりとなるのは、本書で紹介されている不便益の発想を支援するための8つの益です。

  • 主体性が持てる
  • 工夫できる
  • 発見できる
  • 対象系を理解できる
  • 俺だけ感がある
  • 安心できる 信頼できる
  • 能力低下を防ぐ
  • 上達できる
不便益システム研究所 より。不便益カード(画像編集は筆者)

便利さや効率化によって、これらの益が損なわれやすいと見ることはできないでしょうか。

サービスは事業者が主体となって提供している以上、利用者にはコントロールできない関係構造となっています。いくら事業者側が利用者に対してヒアリングやテストを重ねたとしても、利用者が自分の手で作ったり改修しているわけではありません。意地の悪い言い方をすると、他人に用意された閉ざされた世界の中で決められたアクションしかできないように仕組まれています。

そうは言っても、地球に重力や空気はあるけど魔法が使えないように、プログラムされた世界の中にいる以上、自分で新しい法則を追加することはできません。それにサービスの存在によって新しい価値観が生まれたり救われる人がいるのもまた事実です。

世の中のサービスが富士山エレベーターになっているとは思いませんが、もし「より便利に」「より使いやすく」が推進され続けるなら、行き着く先は同じなのかもしれません。それは「手間を無くす」「より使いやすく」が「手間を奪う」「より考えさせない」に成り代わる世界と言ってよいでしょう。

世界の構築を担う事業者には「益とは何か」「益は誰に帰属するのか」といった長期的・巨視的な視点が必要とされるはずです。

かつて無限スクロールを発明したアザ・ラスキン氏は、Netflixのドキュメンタリー『アート・オブ・デザイン』で以下のように語っています。

人とコンピュータのやりとりを扱うデザイナーとしては、無限スクロールは楽しい仕事だった。でももっと高いレベルで考えて、やめるきっかけを奪うものだと気付くべきだった。

Watch Abstract: The Art of Design | Netflix Official Site
https://www.netflix.com/jp/title/80057883
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また、不便益システムの方程式(試案)について述べている久野敦司氏のスライドには、以下のような言葉があります。

強化学習での即時報酬が負で、遅延報酬が正であるシステムは、不便益システムに該当する。(p.10)

「便利による害」はこの反対、つまり「短期的には便利だが、長期的に利用する(習慣化)と失われるものが生まれる」構造だと言えるのではないでしょうか。無限スクロールもこれに当てはまると思います。

しかし、良かれと思って考えた仕組みが実は良くない影響を与えるとは、作った当初は思いもよらなかったでしょう。

開発者の視点では予見の難しさが、利用者の視点では「いまさら変えられない」難しさによって「便利による害」は対処が難しい概念だと感じます。便利だから実装してしまう、便利だから使ってしまう、便利だけど何かを失ってしまう、でも便利だから戻れない――。

便利 or 不便の二元論で片付けられない複雑さを改めて感じます。

防ぐ手段があるとすれば、月並みですが「ただ作るだけでなく、作る前に問う姿勢」を持つことでしょうか。

本書では便利さを「浅薄に手間を省くこと(楽になること)(p.46)」と定義しています。僕はこの言葉、とてもいいなあと思います。最初に書いたように「使いやすく」「便利に」はサービス開発の現場で頻出する言葉です。それを疑いもせず「とりあえず便利」にしているデザイナーは浅薄ではないのか?そう言われているような気がしてハッとさせられました。

不便益の実装

ここまで「便利による害」をデザインを交えながら考えてみました。では不便益をデザインに取り入れるにはどうしたらよいのでしょうか。

本書には不便益の発想がしやすいように、不便と益の定義づけや不便にするための12個の方策、先ほどの8つの益が紹介されています。

不便益システム研究所 より。不便益カード(画像編集は筆者)

まずはこれらを手がかりに、自分の考えているデザインにどう落とし込めるかを考えていくのがよいでしょう。

ただ上記はあくまでも「発想のためのサポート」であり、それ以前の「なぜ不便益を取り入れるか」は自分自身で考えなければいけません。「とりあえず便利」が浅薄なのと同様、デザインする側としては「とりあえず不便益」も避けたいところです。そのためのヒントとなる言葉が本書の中に散りばめられています。

不便が与えてくれる益の一つは、手間をかけ頭を使わされるという不便は、自分を変えてくれる、ということなのです。(p.124)

自分が担当している講義では制作課題のテーマを「身近な人の生活を少し豊かにする」としています。この一文には学生が「自分にとって身近な、たった1人のためにデザインを考える」「豊かとは何かを考える」機会になればと考えて設定しています。

まずは特定の誰かについてじっくり考えてみて、もしその人のためのデザインに不便益が適していそうであれば、それはふだんとは違った角度からデザインを見つめられるとてもよい機会になると思います。

一方、会社で働いている人には不便益の実装は簡単ではないでしょう。

学生の制作物と違って提供しているサービスは現実で多くの人に利用されていますし、それを運営している会社やチームが存在します。「使いやすくしよう」「便利にしよう」が共通認識の場に「不便にしましょう!」をいきなり投げ入れても理解は得にくいでしょう。もっとも、これは不便益に限らない話ですが。

何事もそうであるように、まずは不便益についてみんなで知って考えるところから始めるのがよさそうです。そこからもう一歩踏み込んだ議論ができそうであれば、自分たちのサービスが便利さによってなにを失っているのか(あるいはこれから失うのか)、未来に向けて実装できるささやかな不便益はあるだろうか……そういったディスカッションをすると新しい価値観に出会えるかもしれません。

と、そんなにハードルが高いのなら不便益なんて取り入れようとするだけ無駄じゃん、と思われる方もいるでしょう。たしかに今はまだ実装するのに時間がかかるかもしれませんが、将来的にはそうでもないのかな、というのが自分の感触です。

これは予測ではなく妄想の類になりますが、不便益に近しい考え方は今後多くの企業が導入するのではないかと考えています。かつて大量生産が良しとされていた時代からそうでなくなったように、便利さが一定まで行き着いた未来では、こうした新しい選択肢が支持される可能性はゼロではないでしょう。

不便益とは極端に言えば「主体性の回復」「人間を信じる姿勢」ではないかと思うのです。

デザインが誰かのために考える行為だとするならば、その人の主体性や人間性を尊重し、知らず知らずのうちに奪うのを予防するよう働きかけるのは不自然ではないと思います。

便利さや使いやすさを学んだ次はぜひ、不便益を通して新しいデザインの視点を学んでもらえたら嬉しいです。

「当たり前」だと思っていることを見つめ直すこと。本当に必要かどうかを問いただす目を持つこと。「不便から生まれる益」を考えることは、日常生活における発想の転換にもつながるのです。(p.24)

それでは今日の読書補講はこのあたりでおしまいにしたいと思います。どうもありがとうございました。

Credit
執筆
吉竹遼

フェンリル株式会社にてスマートフォンアプリの企画・UIデザインに従事後、STANDARDへ参画。UIデザインを中心に、新規事業の立ち上げ・既存事業の改善などを支援。2018年に よりデザイン として独立後、THE GUILDにパートナーとして参画。近著に『はじめてのUIデザイン 改訂版』(共著)など。東洋美術学校 非常勤講師。

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