デザイン読書補講 15コマ目『世界照明探偵団:光の事件を探せ!』

さて、唐突ですが質問です。みなさんアイデアって、すぐ出てきますか?——このデザイン読書補講は、基本的にデザイン初学者を対象にしているとのことですから、すこし耳の痛い質問かもしれません。

supplementary reading

フィールドワークのススメ

どうも夜になると、そわそわしてしまいカメラ片手に外を出歩いてしまいます。もともとじっとしていられない性分なのですが、大学時代に所属したゼミの影響もあり、よりはっきりとその習慣が身に付いていてしまったのです。今回のテーマ図書は面出薫さんの編著『世界照明探偵団:光の事件を探せ!』(鹿島出版会)。刊行は2004年とすこし時間が経ってはいますが、その内容は古びておらず、またタイミングよく、昨年2021年に電子書籍化されたこともあり、これちょうどいいと取り上げることにしました。面出薫さんは照明デザイナーであり、照明探偵団の団長として長年、夜景フィールドワークに関する活動を行っています。本書は多くの方とともに、世界各所の夜景を調査した成果がまとまった一冊です。

さて、唐突ですが質問です。みなさんアイデアって、すぐ出てきますか?——このデザイン読書補講は、基本的にデザイン初学者を対象にしているとのことですから、すこし耳の痛い質問かもしれません。もちろん、アイデアがそのままデザインにはなりえませんし、いかにアイデアを育てるかというのが、デザインワークの醍醐味であることは間違いありません。しかし初手、あるいは断片的な情報をつなぐアイデアがスムーズに出せることは、誰もがまずクリアしておきたいことでしょう。

それを大きく解決する方法のひとつは、フィールドワークです。僕自身はデザインの教育に携わり13年となりますが、その経験をふまえてもフィールドワーク、ないしはフィールドワーク的な視点が育つことで、デザインの初動が飛躍的に向上することは間違いありません。それは自身が担当した学生のことはもちろん、なにより自分自身の経験からそうであると断言したいのです。というのも僕自身、じつは大学時代に面出薫さんのゼミに所属し、そこで本書にあるようなフィールドワークを通じて鍛えられた経緯があります。さてそんなわけで、今回のデザイン読書補講は自分自身の経験をふまえながら、進めてゆきます。

世界照明探偵団 : 光の事件を探せ!
www.amazon.co.jp/dp/B09HGXF5DS
Amazon.co.jp で購入

渋谷駅 18:00集合

僕が学生の頃の話です。ゼミのはじめての顔合わせとなった日は、なぜか妙な緊張感がありました。世代的なものなのか、それとも年頃なのか。ゼミ生同士「このなかで自分が一番いいデザインができる!」といわんばかり、腹の探り合いのような空気が漂っていました。まだ場に慣れていないこともあるのでしょう。肝心なところでは口数少なく、ここぞ、という時期が来たときに「誰よりも素晴らしいアイデアを言ってかましたろう!」というような、おさなく自分本位な姿勢でデザインに臨む雰囲気がありました。しかし、そうした独りよがりなそれぞれの想いは、面出さんの指導とゼミ活動のなか、ことごとく溶かされ、風通しのよい共同体に再構築されていきました。

「次回のゼミは渋谷駅に18:00集合。カメラ持参で!」——その後、ゼミの時間は膨大に増えることとなりますが、大学の教室と現地での活動は、おそらく半々であったはず。こうして平成のヒット曲よろしく、いきなり夜の渋谷に集められ、実際に街の人々に混じり、歩きながら、それぞれの視点でみたものを写真で記録してゆきました。そして、最後はそれをもとにディスカッションをする。その場を形成するものごと、あるいはその場らしさというものをゼミ生一同、そこに身を置き雑談とも議論ともつかない会話をしながら、くまなく調査する。そして、その成果をふまえ仮説的な結論を導く……こうしたフィールドワークを繰り返すなか、デザインにおける最適とはなにか、場がおのずから求めるものはなにかと、それぞれのケースが持つ「良質なデザインの文脈」に気づいてゆくのでした。次第に独りよがりの拙い思い込みはさっぱりと上書きされ、ゼミ生同士も同じプロジェクトを協働する仲間として、自然と打ち解けるようになりました。ただの学生たちが、日に日に理想的なデザインチームとなってゆくのでした。

もちろん渋谷以外にもことあるごとに、あるいはプロジェクトごとに、さまざまな場にでることになりました。表参道、新宿、銀座、丸の内、日比谷、神楽坂、六本木、青山、恵比寿、府中、浅草、大島、清里、京都、それからパリ、コペンハーゲン……ほか、もっとたくさん。大通りに小路、商店街、百貨店に神社、大衆酒場から高級飲食店まで。思い出すだけで目が回ってしまうほどに。ゼミ活動はわずか一年半に過ぎませんが、その間、撮影した写真データはかるく10万枚を超えます。街それぞれが持つイメージは、デザインの集合により形成され、そのデザインの文脈を「読む」ことで、それぞれの場における「次のデザイン」のありかたを想像できるようになってゆくのでした。

ライトコレクション

面出ゼミは実践的なプロジェクトを旨としていたため、毎年度具体的な活動内容は変化していました。しかし、すべての学年で共通していた課題は、最初に出題されるライトコレクションと題した調査。これもひとつのフィールドワークです。ゼミ生各々が自然光、人口光をそれぞれ100点ずつ集め、その中から良質だと思うもの、悪質だと思うものを選択し、言語化し、最後はゼミ生同士でディスカッションする内容。光環境デザインという、当時としてはやや特殊な内容を扱うゼミだったので、そこに向かうボキャブラリーを整える意図もあったのでしょう。これまた面白いもので、みな初期的には夕陽が沈む姿や、ネオンイルミネーションなど、わかりやすいものばかりを集めてしまう。しかし、そうして数と時間をかけるうち、次第にうつろいゆくわずかな光の表情を捉えられるようになり、さらにはすべての視覚情報は光によってつくられる……という根源的なところに気づくことになります。センサーや解像度がどんどん精緻になってゆく。

都市調査における総合的・文脈的な視点。そしてライトコレクションにみられる各論的な視点、イームズによる映画作品『パワーズ・オブ・テン』よろしく、最大と最小の関係を経験するフィールドワークと、実践的なプロジェクト(展示会の照明計画、施設のライトアップ設計、キャンドルを用いたイベント……などなど)の往復を繰り返すなか、デザインの見方、捉え方において、アスリート的な反射神経が身に付くようになってゆくのです。こうなってくると「アイデアが降りてこない」とか「すごいこといってやる!」みたいな、おさなく無責任な態度とは別次元の、おのずからのありかたを導くようになっていくのです。

いいデザイン / わるいデザイン

さて、光環境デザインに的を絞って話を進めてきましたが、このプロセスはもちろん、いずれのデザインにも有効です。こうした学生生活を終えた僕は、ひょんなことからデザイン教育の仕事に携わるようになりました。それまで縁もゆかりもなかった学校に、しかも畑違いのヴィジュアルコミュニケーションデザインの領域に足を踏み入れることとなります。しばらく学生の様子をみるうち、初期的なデザインワークの鈍さが気になるようになりました。そこは専門学校という特性もあったのでしょうか。いわばPCのオペレーションに習熟することが最優先であり、デザインの理由、組み立て、設計についてかなり疎かになっている印象がありました。アイデアの不足を補うためでしょうか、いきなりコンピュータ作業に手をつけ、設計と施工が同時に行われるようにして、結果的に「できちゃったデザイン」がたくさん生まれていた。

その当時の状況をみれば、いわゆるアートスクール以外でもデザインの教育が試みられ、さらには習熟し始めていた頃。このままではまずいという想いはありましたが、残念ながら僕はまだ新人。成熟した課題設計ができるはずもなく、自身が大学時代に経験したライトコレクションを拝借することにしました。それは「いいデザイン / わるいデザイン」というもの。内容はほぼそのままです。学生各自がいいと思うデザイン、そしてわるいと思うデザインをそれぞれ100種集め、そこから選出したものを言語化してもらう。さらには、それをもとにクラスでディスカッションする。当初、学生や同僚のなかには回りくどい手法と捉え、いくらか懐疑的だった人もいたかもしれません。しかし繰り返すなか、その効果が認められたのか、いつの間にか入学した学生が最初に経験する課題となってゆきました。

いいデザイン / わるいデザインのディスカッション

さらにはクラス全員、満場一致で「わるい」と判断されたデザインをもとに、複数のグループで改善案を考察し、提案するというその後の展開もいつしか加わるようになりました。デザインに関する観察力や判断力を身に付けてもらうと同時に、学生間の協働意識が芽生え、ディスカッションや仮説生成を自然と行えるようになったことも、大きな収穫でした。はじめに身体的な経験をインストールしてから、課題理解をしてゆくこと。このプロセスは手を替え品を替え、次第に多くの機会で試みるようになりました。そのうち、フィールドワークをはじめとした調査やディスカッションをふまえ、課題に臨むことが当たり前になり、いつしか初期的な鈍さや独りよがりの思い込みは解消され、密度と速度のあるデザインワークが成立するようになったのです。

上:フィールドワークの様子、下:渋谷と丸の内の比較

都市フィールドワーク|渋谷と丸の内の比較

印象のことなる街を出歩き、その違いを協議しながら理解してゆく。若者向けのエリアを「ケバブ指数」としてケバブ店の数で比較したり、目隠しをしながらスクランブル交差点を歩いてみたりと、それぞれの視点による街の尺度ができ始める。こうした成長はなんとも興味深い。

デザインワークというと、天才的な技能を持ち合わせたひらめき、という印象をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。デザインを行うとき、ともすれば神が人間を見るような視点になってしまいがちです。しかしデザインされる対象には自分自身もまた含まれます。その立場から、いかにデザインを立ち上げてゆくのか?そこにおける身体感覚を咀嚼することが近道なのかもしれません。フィールドワークをデザインワークのインプットという表現もできますが、インプットではなくインストールという感覚の方が近いかもしれません。それは、身体感覚の根本たるOSをつくる感覚に近い。そして次第にそれは様々なシーンで応用可能なスキルとなってゆきます。しかし、なにも特別に構えて行う必要はありません。普段の生活を意識的に観察したり、仲間と雑談してゆくようなことから、それは身に付いてゆくのです。

さて今回は、面出薫さんの著書『世界照明探偵団:光の事件を探せ!』を参考にしながら、フィールドワークを通じて得られるもの、その結果起こるであろう身体的な変化について話を進めてみました。なにより、こうしたフィールドワークは楽しいものです。仲間同士でトライしてみてもいいかもしれません。それでは次回もまた、よろしくお願いします。

Credit
執筆
中村将大

帝京平成大学 助教 / デザイン教育 / デザイン おもにヴィジュアル・コミュニケーションを中心としたデザイン教育・デザインに携わる。1983年 福岡うまれ。武蔵野美術大学卒業。面出薫氏に師事。朗文堂 新宿私塾 修了。東洋美術学校 デザイン研究室をへて2021年より現職。|デザインのよみかたnoteÉKRITSschoo

編集
中塚大貴

空間デザイナー、リサーチャー。株式会社ツクルバにて空間デザインと不動産事業企画に携わる傍ら、webメディアでの企画や執筆を行う。デザインのなかの無意識、デザインの外側の可能性に興味があります。

Tags
Share