ピープルマネジメントを超えて。デザインマネージャーの視座——Visional大河原陽平

クオリティの平準化と、一人ひとりの可能性をひらくことは、決して矛盾しない。

「マネージャー」という言葉の意味するところを、一義に定めることは難しい。

事業成長に向け自分・チームを最適化するか、メンバーの可能性を開花させることを第一に置くか。プレイヤーとしての役割を一切捨てるのか、はたまた自らも積極的に手を動かして背中を見せるのか──。理想のマネージャー像は、語り手によって異なって然るべきだろう。

これはデザイン組織においても同様だ。あるべきデザインマネージャー像は、組織や人によって全くの別物になる。

そんな中、ひとつのあり方を提示してくれるのが、Visionalの大河原陽平だ。主幹事業のひとつである「HRMOS」シリーズのプロダクトデザインをリード。チームメンバーの一人ひとりに向き合うのはもちろん、徹底したシステム化によって属人性を下げ、プロダクトの品質を高い水準で担保する。その傍らでは、自らもプレイヤーとしても手を動かすという。

真摯なピープルマネジメントのみならず、価値創出のため、事業・組織全体を見ながらデザインマネジメントを行う大河原。しかし、氏によるとマネジメントに携わった当初は「メンバーの育成やキャリアの観点すら考えたことがなかった」という。そんな大河原が、いまのスタイルに至るまでの軌跡を辿った。

ピープルマネジメントは氷山の一角に過ぎない

“マネジメント”という言葉を耳にすると、個々のメンバーに向き合い、その成長を促すピープルマネジメントを想起する人も少なくないだろう。その重要性については異論を挟む余地はないし、実際に遂行するのは決して容易ではない。

しかしながら、こうした「人材開発」は、あくまでもマネージャーが果たすべき役割の一部だと大河原は言う。

大河原「マネジメントは、『戦略』『成果』『組織』『人材』という4つの観点から行わなければなりません。それは対デザイナーであっても、エンジニアであっても、セールスであっても変わらないと思っています」

とはいえ大河原も、当初からこうしたマクロな視座に基づくマネジメントスタイルを確立していたわけではない。

マネジメントを専門的な職能として扱うVisionalでは、「マネジメントに求められる4つの機能と3つの心得。」と題した130ページほどの教則本「BizReach Management Book」をベースに、体系的な学びを得る機会が職種を問わず提供される。大河原は約4ヶ月にわたる研修プログラムを経て、10年ほどのキャリアで試行錯誤しながら身につけてきた、自身のマネジメントスタイルの弱点に気がついたという。

大河原「これまでの僕のマネジメントは4つの要素の中の『人材』に偏っていたんです。メンバーそれぞれの能力を最大化すれば、チームが発揮できる価値の総量も増えるだろうと、シンプルに考えていた。でも、そう単純なものではありませんでした」

育成やキャリアには無頓着の、“1on1ばかりの上司”からの脱却

そもそもマネジメントを体系的に学ぶこと自体、この研修プログラムが、ほぼ初めての機会だったという。大河原のデザインマネージャーとしてのキャリアは、2015年、ディー・エヌ・エー(DeNA)のデザイン組織で幕を開けた。

2005年よりフリーランスのデザイナーとして働いていた大河原は、さまざまなデジタルプロダクトのデザインを経験。2013年に社員10名ほどだったピースオブケイク(現・note)にジョインし「note」の立ち上げにも携わった。

その後入社したのがDeNAだ。当時から200名ものデザイナーを擁しており、入社から間もなくプレイングマネージャーを務めることになった。だが、当時の大河原は管理職経験はおろか上司からの評価を受けたことさえもない状態からのスタートだった。

大河原「当時していたマネジメント業務といえば、デザイナーのアサイン調整と、メンバーから不平不満が出ないように、お悩み相談に徹すること。1on1ばかりの上司でした。デザインチーム内でのタスク遂行を阻むブロッカーを取り除くことに注力し、メンバーの育成やキャリアの観点については、正直考えられていませんでした」

転機が訪れたのは、DeNAの後、2017年に参画したベンチャーキャピタル・REAPRA Venturesだった。事業内容やキャリアの希少性を魅力に感じての転職だったが、ここが自身のあり方を問い直す契機となった。

大河原「当初の僕の役割は、投資先企業のデジタルプロダクトを成長させるため、デザイン面から支援することでした。ただ、途中で『機能毎に別々の人が支援するのではなく、より総合的に伴走すべきではないか』と会社の方針が変わりまして。僕自身も単にデザインだけではない価値提供が必要になったんです。

その過程で、『そもそも、大河原さんは何がやりたいんでしたっけ?』と何度も問われたんです。自分のライフミッションをどのように捉え、その達成のためにどんなスキルや能力・環境が必要なのかを、徹底的に考え直しました」

約半年間の内省の結果、大河原が下した結論は「転職」だった。「チャレンジングな環境は不可欠だが、もっと手触り感のある“モノづくり”がしたい」──そう思い至った大河原は、一定の組織規模ゆえの難しさがあり、なおかつHRというビジネスパーソンにとって馴染み深い領域で事業を展開するVisionalへの転職を決めた。

大河原「前職での経験は、僕のマネジメントのやり方にも大きな影響を及ぼしています。それまでは個人のスキルやアウトプットを細かくマイクロマネジメントしていたのが、『そもそも、なんでデザイナーをやりたいの?』『将来どうしたいんだっけ?』……価値観の根幹に触れるような問いを投げかけるようになりました」

システム化のプロセスそのものが、これ以上ない学習機会に

こうして、個々の内面まで含め真摯に向き合う重要性を痛感した大河原。だが、Visionalという環境で氏のデザインマネージャーとしての変容はさらに続く。

2018年12月に入社して以来、大河原はプレイングマネージャーとして、一貫して「HRMOS」シリーズのプロダクトデザインに携わってきた。

現在、同シリーズは、採用管理クラウド「HRMOS採用」、人材管理クラウド「HRMOSタレントマネジメント」(※)、クラウド勤怠管理システム「HRMOS勤怠」という3つのサービスで構成される。

※タレントマネジメント

メンバーのパーソナリティやスキルに関する情報を経営資源として捉え、採用や配置、育成に活用。個人・組織のパフォーマンスを最大化することを目指す組織マネジメント法。

それぞれのサービスには、採用管理、従業員データベース、1on1支援、評価管理など、機能の異なるプロダクトが内包され、加えて、新領域の開発も並行しており、同シリーズが擁するプロダクトは多岐にわたる。大河原が率いる「HRMOS」のプロダクトデザインを担うチームは、これらのデザインを一手に引き受け、1人のデザイナーが各プロダクトのデザインをリードしている。

冒頭で触れた研修を通じて、大河原は「戦略」「成果」「組織」「人材」という4つの観点からのマネジメントを学んだ。それを実践すべく、まず取り組んだのがデザインシステムの構築だった。

複数のプロダクトから構成される「HRMOSタレントマネジメント」には、当時適用できるデザインの方針や基準がなく、担当デザイナーによってアウトプットにばらつきが出がちだった。その課題の解決策としてデザインシステムに取りかかった。

こう言うと、よく耳にする手法論の話に聞こえるかもしれないが、先述の通りこれはマネジメント的なアプローチである。“4機能”に則って言えば、事業全体の「戦略」にもとづいた「成果」を出すため、デサインシステムを導入して「組織」としてのボトムラインを底上げする意味を持つ。

大河原「『HRMOS』を冠したプロダクトの品質担保は、マネージャーとして重要な責務です。僕自身を含めて、デザイナー個人の力量がプロダクトのキャップになってはいけません。属人性が生んでいるコストやプロセスの無駄を徹底的に削ぎ落とすことを目指しました」

これは一見すると、個々のデザイナーの個性を殺してしまうかのように思えるかもしれない。言わば、“4分類”における「戦略」「成果」「組織」に偏っており、「人材」面を軽視しているのではないかと。

しかし大河原は、デザインの効率化・システム化と、個々のメンバーに寄り添ったマネジメントは両立されると考える。

大河原「クオリティの平準化と、個々のチームメンバーの可能性をひらくことは、決して矛盾しません。チームでプロダクトの価値向上に取り組むことは、他者の知見や視点を通して自分のキャップを外す機会につながりますし、議論しながらデザインシステムを構築していくこと自体が学習機会になる。

『このインターフェースはよくない』と個別のアウトプットにフィードバックを行うよりも、全体感から考えて『どうしてこのデザインであるべきか?』と議論しながらデザインするほうが、より汎用性の高い学びが得られるはず。成長や学習の観点から考えれば、プロセスそのものに意味があると思っています」

これに加え、大河原は「組織の血の巡り」を良くするアクションにも力を入れたという。具体的には、ビジョン・ミッションや事業戦略を浸透させた上で、都度数名のプロジェクトチームを組成し、ナレッジをまとめたドキュメント類を整備。必要な情報や知見が個々人に寄らず、組織全体へ円滑に流れてく状態へ向け尽力した。

形ないものに“手触り感”を与える

これだけ多層的なマネジメントを実践する立場になってもなお、大河原は自らも手を動かし続けている。

例えば「HRMOS」シリーズのプラットフォーム化を推進するプロジェクトに参画し、担当デザイナーとして新プロダクトのプロトタイプ制作をリードした。別記事で取材したHRMOSプロダクト本部長の萩原崇は「僕がイメージしていることや、“こうあったらいいよね”を伝えると、必ず応えてくれる。一緒に未来を描いてプロダクトの戦略を練っていける」と、“デザイナー・大河原陽平”を評していた。

大河原「言われたものや想定通り、計画通りのものをつくるだけなら、誰にでもできる。その人がいることでユニークさが出たり、成果が倍になったり、発想が広がったり……決められたことを達成する以外にも関心や力を注ぎたいし、メンバーにもそう促しています。

極論を言えば、プロダクトはデザイナーなしでも作ることはできる。だからこそ僕たちデザイナーが関与する意味はなんなのか、関与することでどのようなプラスアルファの価値を生み出せるのかを、自分にもチームメンバーにも問うようにしているんです。というか、そうしないと、楽しめないじゃないですか」

アイデアやイメージに“手触り感”を付与すること——大河原は、デザインの役割をそう表現する。

大河原「『世の中にあるものをより良くしたい』あるいは『もっと面白いものがほしい』と感じたとき、雄弁なスピーチや巧みな言葉でアプローチする人もいるけれど、僕たちデザイナーは実際に見て動かせる“手触り感”のあるモノづくりでアプローチする。

というか僕は、企画書やドキュメントを書くのがとても苦手で(笑)。だからこそ僕はデザイナーとして、ひと目見て『それ、いいね』と感じてもらえるものを作り、フィードバックから何かを紡ぎ出すことを目指しているんです」

次なる挑戦は、デザインマネジメントの型化

組織を率いる立場としても、プレイヤーとしても、“デザインマネジメント”へ多面的にアプローチし続ける大河原。直近では萩原の記事で紹介したように「HRMOS」の「未来を具現化する」ことに注力したが、マネジメントとしては、“4分類”の中でも特に「組織」に力を入れているという。

その最たる例が、メンバーのマネジメントスキルの向上支援だ。「事業を作り、伸ばせる組織」をより拡張すべく、自身のデザインマネージャーとしての暗黙知を、形式知に昇華しようと取り組んでいる。

大河原「これまで培ってきたマネジメントの型を、他者に共有できる状態を作っていきたいと考えています。これまではメンバー層に対するアクションが多かったのですが、次は一段レイヤーを上げて、マネジメント層からより大きなインパクトを生み出したい。マネージャーが再現性を持って成果を出せれば、そこをハブとして今まで以上に大きな成果を創出していける。そんな状態を目指しています」

1on1の型化やメンバースキルの可視化など。すでにいくつものアクションが動いているという。Visionalという環境によって、自身も「デザインマネージャー」としてのあり方を更新した大河原だからこそ、その知見を次の世代へつないでいこうとしているのかもしれない。

大河原「何らかのペインを抱えている人がいて、その人たちがなぜその状態になっているかを観察し、取るべきアプローチを考える。クライアントであれチームメンバーであれ、仮説を立てて試行錯誤しながら人と向き合い、課題を解決したり価値を創出したりする。その点、デザインもマネジメントも一緒なんですよ。本来的に、デザイナーはマネージャーに向いていると思いますね」

Credit
取材・編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

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