
NOT A HOTELは“生き方”を共有する事業——Co-CEO 江藤大宗
こうやって生きた方が、こうやってものをつくった方が、時間を使った方が楽しくないですか?——それを伝え続けていくのが、僕らのビジネスです。
徹底的なプロダクトドリブン
体験起点での意思決定
暮らしに溶け込むテクノロジー
2周目スタートアップ……
すでに世に流通する情報だけを見ても、NOT A HOTELを形容できそうなキーワードはいくつも浮かび上がってくる。いずれも確かに、同社の強みや価値を表している。だが、それらが本当の"核"を純粋に表現しているかと言われればNoだ。
我々はNOT A HOTELを誤解しているのではないか。
数カ月にわたって連載した取材の最後、筆者はそれまでの時間で同社を“理解した”と思ったことが恥ずかしくなるような取材対象に出くわした。2026年頭に代表取締役 Co-CEO / Chief Strategyへの就任が発表された江藤大宗だ。
創業者であり、同じくCo-CEOの濵渦伸次とともに文字通り二人三脚で歩んできた江藤は、これまで外部に出ている断面とも、筆者が見てきた切り口とも異なる角度から、NOT A HOTELの本質を表した。
無論、ビジネスの成果や優れたプロダクト群など、表から見える姿は揺るがない。だが、それらが生まれてくる源泉には、とてもシンプルでピュアな意志があり、それを事業として具現化した結果、現在の唯一無二なアウトプットにつながっているのだ。
江藤は言う。全ては「やりたいことに、裏側を合わせた」だけだと。
起点は価値観の共有
その真意を理解する上で、江藤という人物について冒頭で丁寧に語りたい。
江藤がNOT A HOTELへの参画を決めたのは、会社が登記される前。
濵渦伸次とはVCの紹介で出会った。当時は事業の影も形もなくアイデアも柔らかい。にもかかわらず、江藤はこの挑戦に乗ると決めた。理由はシンプルだ。
「この人と一緒にやりたい。それだけでした」
起業家を形容する際によく言われる、「人を惹きつける力があった」といった安直な話ではない。江藤が濵渦から聞いたのは、壮大なビジョンでも、心を動かす青写真でもない。ひとりの人間の“生”の想いだった。
「濵渦さんは、一度起業と売却を経験した人物。そんな彼がなぜ再び起業するのか。その理由を包み隠さず話してくれました。故郷に錦を飾りたい気持ち、建築や旅行が好きだからそれらを全部仕事にできたら楽しいんじゃないかという想いなど、いうなれば個人の"欲"そのものです。濵渦さんは自分が一生かけて遊び続けたいと思えるものを事業にしたいという気持ちが軸にあった。僕はその姿勢にすごく共感したんです」
江藤には、重なる人生哲学があった。
「僕は"自分が好きなもの、好きな人の中で生きる"ことをとても大切にしています。極端に言えば、自分たちで作った家に住んで、友達の作る食事を食べ、知人の作る洋服を着る。そんな自分を取り巻く環境が、好きなもの、好きな人で構成されている人生が一番幸せだと思っているんです。なので濵渦さんの姿勢にはとても共感ができた。この人と一緒に事業を始めるのはいいなと思ったんです」
成功確度や、お互いの弱みを補い合えるといった合理性を伴う判断ではない。「人として共感できる」——そんな合理的には見えない理由を入り口に、江藤はこの挑戦に乗ることを決めたのだ。
「もちろん事業をやるからには、成功しなければいけないですし、大きくしたいし、いち早くそれを成し遂げたい。ですから丁寧に計算をしていく部分には時間も割きます。ただ、最初にあったのは“やりたいこと”。そこに裏側を合わせるのが、NOT A HOTELのはじまりであり、プロダクト、一緒に働いてもらう人、会社自体を含め、基本はこの構造の上で成り立っています」
江藤 大宗|NOT A HOTEL 代表取締役 Co-CEO / Chief Strategy/慶應義塾大学卒業。JPモルガン証券株式会社にて投資銀行業務に従事。2020年8月、NOT A HOTELに参画。執行役員CFOを経て、2024年1月、NOT A HOTEL2nd 代表取締役CEOに就任。2025年4月、NOT A HOTEL上級執行役員 CFO兼CSOに就任。
価値観を共有する、広義のファミリー
この構造を体現し、結果的に最もユニークな形で事業上の合理性へもつながっているのが組織の考え方だ。江藤はその思想を「ファミリーカンパニー」と呼ぶ。血縁関係に基づく一族経営ではない。価値観や生き方の思想を共有する者たちを「ファミリー」の仲間として招き、いうなれば“生き方”を共有しながら働く。
「僕は濵渦さんに対して『この人と事業をつくりたい』というよりも『生き方のような感覚を共有したい』と思った。その感覚が正しければ、同じように“一緒に働きたい”と思う人がフィットするはずです。最初で掛け違えるとこの動きは生まれず、機能で人を集めることになる。ですが、NOT A HOTELはこの動きが上手く連鎖していきました」
「何ができるかより『この人と時間を共有したい』と思えるか」江藤は採用上重視する点をそう表現する。無論「職務内容」として要件は存在するし、機能的に必要なピースは定義する。だが、そうした合理性が第一に来ることはない。あくまでそれは“裏側で合わせる要素”だ。
先に取材したミシュラン星付きレストランの経営者でもあるNOT A HOTEL MANAGEMENT CEOの林亮治も、「顧客の喜ぶこと、心地良いと思うことにズレがなかった」ことを参画の理由に挙げていた。

- “当たり前”を、磨き続ける。それこそが本質——NOT A HOTEL MANAGEMENT CEO 林亮治
- https://designing.jp/not-a-hotel-hayashi
実際に、江藤は前職であるJPモルガン時代の同僚が4名、中高時代の同級生が2名、同社で働いているという。いずれも「この人と喜びを共有したい」という想いから声をかけた人物たち。専門は各々異なるが、海外事業、IR、新規事業などそれぞれのスキルを活かし活躍しているという。
「価値観の共有」を起点に、連鎖的に人が集まる。NOT A HOTELにとってはこの連鎖によって生まれる組織、共有される価値観、文化は何より代えがたい価値であり合理性につながっている。
「僕らは会社や事業を作る以前に、暮らし方や生き方をつくっています。自分の残りの人生をどう楽しく過ごすか、そのためのサービスを作っていると言ってもいい。その人生を一緒に過ごす上で楽しくなる仲間集め、社員集め、オーナー集めなんです」
逆に言えば、価値観を共有し、ともに楽しい時間を過ごせない人と、理想とする暮らし方や生き方を描き、生み出すことはできない。
この考えは、クリエイターとの関係性にも貫かれる。
NOT A HOTELは数多くの著名建築家やクリエイターと協業する。協業の実態はNOT A HOTEL ARCHITECTSの取材で詳しく触れた。その対等な関係性も、ファミリーの一形態だ。

- NOT A HOTEL ARCHITECTS——その実行力と創造性
- https://designing.jp/not-a-hotel-architects
「クリエイターもファミリーの一員です。だからこそ、その方々のやりたいことを一番引き出したい。もちろん、予算や規模などの最小限の制約はありますが、その中で本当に作りたいものを作ってほしい。そのために、建築をはじめあらゆるチームが全力で向き合ってきました」
クリエイターが創造性を最大限に発揮できる環境を整え、その作品を世に送り出すプラットフォームとなる。そうした関係性が、NOT A HOTELの強みを形作っている。このスタンスは濵渦の創業からの想いに裏打ちされている。
「濵渦さん自身、クリエイティブなものが好きで、クリエイターに対してのリスペクトがすごく強い。NOT A HOTELを始めるときも、『クリエイターの人たちが本当にやりたいことを実現する場を作りたい』という想いがありました。それをピュアに体現しているだけなんです」
「プロダクトを通して、こういう価値観、こういう環境・世界観がいいよねと伝え続けている感覚」と江藤。創業当初から比べればその輪は想像をはるかに上回る規模に拡大したが、根底は変わらない。
「思想でつながるファミリー」こそ、NOT A HOTELのチームを最も適切に表現するコンセプトであり、その起点は、創業時に江藤と濵渦が共有した好きを大事にする価値観なのだ。
“富裕層向け”ではない。頂点を引き上げる
ここまで読みNOT A HOTELを「仲間で好きなことをやる会社」と捉えるのは早計だ。
江藤が言う「裏側を合わせる」部分の練度の高さは圧倒的だ。
表から見えるものだけで判断すると、大体が評価を見誤る。例えば、NOT A HOTELに対してよく向けられる声に「富裕層向けビジネス」という言葉がある。一棟数十億円の建築、12分の1でも数億円という価格帯を見れば、そう感じるのも無理はない。
だが江藤は明確に否定する。
「富裕層だけをターゲットにしたビジネスに見えるかもしれないが、本質は違う。僕らより解像度が高い人たちに、まず受け入れてもらえるか挑戦しているんです。彼らは世界を先に知り、学び、感じ、解像度を高めてきている。そこに対して僕らが良いと思う商品を提案して、受け入れてもらえるのかをうかがっている感覚なんです」
江藤はこれをすべての人にNOT A HOTELを届けるために必要なプロセスと言う。その提案基準の高さを可能な限り引き上げるために、いまの“富裕層向け”と思われるプロダクトは存在している。
「最初から全ての人をカバーするプロダクトを作っていると、平準化された“ちょうどいい”ものしか生まれません。一方で、本当に心を動かす体験は、たいてい『誰にでも』ではなく『ある誰か』に強烈に刺さる価値から始まります。クリエイターの世界観はとてつもなく大きく、広く、自由。それを入れる器を広げるために、まず頂きを高くするのが我々のいま取り組んでいることです」
高い頂き、広い裾野が生まれれば、そこでの民主化≒事業展開のアプローチはいくらでも存在する。同じような建築だとしても、1/12ではなくより小口化すること、一泊だけの宿泊、そのエッセンスを盛り込んだ1/10の価格のもの……。いまの事業はあくまで「過程」だ。
「先ほど話したように、僕らがやろうとしているのは、暮らしや生き方をつくることです。ただ、その全体像を提示しきるには時間がかかる。だからいま時点では富裕層向けの事業に映ってしまうんです」
これは「ビジョンが壮大」というありふれた話でもない。
NOT A HOTELはスタートアップという断面で見ても一般解とは異なる思考を土台に持つ。スタートアップといえばある程度の計算式があり、そこに資金を投入すれば成長直線が“描ける”プラットフォーム的なものが多い。
だがNOT A HOTELは“ファミリービジネス”であり、ものづくり、体験づくりに軸がある。
「僕らの事業はソフトやハードも含めたものづくりです。外に向けて作ったものを見せ、『こういうものが生活の中にあったらいかがでしょうか?』と提案し続ける。そこに資金量によって伸びるようなシンプルな数式は存在しません」
無論、成長を志さないわけでもない。事業を伸ばすことを目的化はしない。ただ、事業が伸び、仲間が増え、使う人も増えていったほうが“楽しい”。ゆえに拡大を志し、スタートアップらしい成長角度に至っている。
“建築の会社”ではない。体験の立体感づくり
「建築の会社」というのもよくある誤解だ。
世界的建築家やクリエイターの名前が並び、次々と目を見張るような優れた建築を発表する。ゆえにその誤解は致し方ない部分もあると補足はしつつ、「NOT A HOTELがつくるのはあくまでも体験」と江藤はいう。
確かに、「体験が軸」という話はCTO、CPOの二人に聞いたテクノロジーの文脈でも述べられていた。

- CTO・CPOが語る、NOT A HOTELのあらゆる体験に溶け込むテクノロジー
- https://designing.jp/notahotel-ctocpo
建築はもちろん重要だ。だがそれは「幹」であり、その周囲に枝葉のようにストーリーが広がり、総体として体験をつくり上げているという。
「建築の体験はすごく魅力的ですし、その質を高めることは裾野を広げる上では不可欠です。ただ、その枝葉的な部分にぶら下がるさまざまなストーリーがあり、それを含めて、最終的にどのくらいの立体感を持てるかが重要だと思っているんです」
この「立体感」こそNOT A HOTELの体験設計の核心だ。
「料理でも映画でも音楽でも、一瞬で“良さ”を体感できるものはたくさんあります。食べた瞬間に美味しい、音楽を聴いた瞬間に感動する。ただ、それを噛みしめようとすると、どんな背景で生まれたのか、作り手は何を考えていたのか——そういうストーリーを知りたくなります。一瞬の良さも重要ですが、そこから先の解像度を高める、レイヤーを重ねていける余地が立体感だと僕は表現しています」
建築であれば、一目見たときの感動がある。同時に、建築家の背景、場所の物語性、込められた思想、ディテール……。そこには、深掘りできる幾重ものレイヤーが存在する。その立体感が満足度や余韻を生み、NOT A HOTELの体験価値へとつながっていく。
ここで江藤は「不動産価値」との差分を強調する。
「不動産価値だけで見ようとすると、『坪単価』や『近くの別荘やホテルコンドミニアムと比べてどうか』みたいな話になるんですよね。そうなると、もう山の頂きは最初から決まっていて、これまでの価値観を踏襲するしかなくなる。
でも実際、人が自分たちの暮らしにかけている想い、つまり「自分の暮らしにいくら払いたいか」って、不動産の価値をはるかに超えていると思っています」
セカンダリービジネスであるNOT A HOTEL2ndは、その見えにくい価値をきちんと可視化し、資産として成立させようとしているものだ。
時間とともに建物が古くなっていこうとも、NOT A HOTELは運営のプロセスを通して、体験をレイヤーとして積み重ねていく。単なる機能の「更新」にとどまらず、日々の体験が蓄積されることで価値そのものが「拡張」されていくイメージだ。その結果、時間は劣化ではなく進化の要因となり、価値は年々高まっていく。
実際2024年1月の2nd立ち上げ後、買取金額が購入価格を上回っているケースは当然のように起こっている。このセカンダリー市場での評価は、“不動産価値”以外でも、NOT A HOTELが評価を得ている証左とも言える。
展望——点から線へ、波長で捉える経営
こうした体験へのまなざしは経営にも一貫する。
NOT A HOTELの事業は、複雑だ。建築だけでも、ラインナップも購入方法も多様。先述のセカンダリーも提供している。かと思いきや、東京・有楽町駅前に『JAPA VALLEY TOKYO』のような都心の街区開発に取り組んだり、モビリティ事業の『NOT A GARAGE』、日本の地域文化を特集する雑誌『THE NEW JAPAN』も展開する。
散漫としているようにも見えるが、ここには会社の扱う事業や自社の状況を一面ではなく複数の動き(波長)に分解し、それぞれにサービスや打ち手を組み込む明確な意図がある。
「短期・中期・長期にわけて波長を描き、それぞれを貼り合わせている感覚です。大きなゆっくりの波と、中期の波と、短期の小さな波——その足し算で全体として大小の盛り上がりが生まれていく。
国のステージが変わるような大きな波もあれば、数年単位で動く地域へ波及させていく波がある。 そして、それら大きな波を動かす起点としての建築や、体験を拡張し波の要素となるソフトウェア、ホスピタリティがある。これら複数の波を同時並行にバランスを見ながら扱っています」
建築はあくまで拠点という「点」にすぎない。NOT A HOTELはその点を増やすだけではなく、点と点をつないで線にし、さらに地域へと広げて面にしていこうとしている。
そのために、建築という「点」と同時に、旅の体験を拡張するモビリティ(NOT A GARAGE)などの「線」、地域全体の体験を大規模に更新していく複合開発(JAPA VALLEY TOKYO)や、地域文化を体験へ編集していく雑誌(THE NEW JAPAN)といった「面」を同時に動かしている。
いずれも、成果が生まれるまでの時間軸は異なる。さらに、その点・線・面の内部にも多様な時間軸が内包される。建築の成熟も、人の関わりも、価値の立ち上がり方も、一様ではない。時間軸としても、扱う対象としても複雑な計画を、音楽のように「波長」で捉え、「体験」のように設計している。
「音楽や料理に携わる方には、このコンセプトは特に伝わりやすいと感じています。DJであれば、イベントやホール全体の流れから、一曲、そして一瞬の体験までを設計する。レストランであれば、入店から会計に至るまでのコース全体の構成、一皿ごとの意図、そして最初の一口に込める体験価値までを丁寧に考える。こうした“多層的に体験を設計する思考”と、私たちのコンセプトは非常に近いのです」
このアプローチこそ「NOT A HOTELらしい経営」であり、江藤は「ビジネス側が追求するクリエイティブ」と表現する。
NOT A HOTELは、その時々“見えやすい”断面だけで語られてきた。建築、ホテル、ラグジュアリービジネス、テクノロジー——どれも間違いではない。だが、いずれも一面にすぎない。それが混ざり合い、つなぎ合わさってこそ、本当の価値となる。
我々はNOT A HOTELを誤解していた。いや、一面をみて全てを知ったような気持ちになっていた。富裕層向けでもなければ、建築の会社でもない。「やりたい」というピュアな想いを起点に、プロフェッショナルが集いその裏側を合わせ続けてきた、“生き方”の会社なのだ。
江藤は言う。
「やることは何でもいい。それをやり続けられることが大事なんです。こうやって生きた方が、こうやってものをつくった方が、時間を使った方が楽しくないですか?——それを伝え続けていくのが、僕らのビジネスです」