ひと揃いに、宿る個体差 — Artek スツール 60

定番でありながら、この匿名性を持っている。知名度がありながら、空間の主役を奪わない。これは、デザインとしてかなり高度な両立だと感じている。

WHY THIS MATTER?

建築・編集の視点を土台に、国内外のさまざまなプロダクトを見渡し独自の視点・美意識のもとセレクトする岡田 和路による連載『WHY THIS MATTER?』——氏の愛用品からモノの物語を紡いでもらう。

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岡田 和路|Kazuyuki Okada
編集者/デザイナー、多摩美術大学大学院 統合デザイン専攻(SID)1期生。建築学を土台に、メディアでの編集、リサーチ機関のブランディング、事業会社でのグローバルブランド戦略、事業開発、CXディレクションなど、『作り手と使い手の間』をさまざまな役割で横断してきた。現在は仕事を続けながら、大学院にてヒトとモノの関係を解像度を上げて捉え直す研究に取り組む。

モノを選ぶことは、自らの生活を編集することだ。WHY THIS MATTER? は、選択の裏側に宿る思想を解剖し、つくり手の哲学を使い手の言葉へ翻訳する試みである。

揃えることへの、回帰

この春から大学院に通い始めて、改めて気づいたことがある。

私はどうやら、「揃っているもの」が好きらしい。

椅子をリビングとダイニングでバラバラに置くのではなく、同じ形で並べたい。器も、揃えられるなら揃えたい。連続するものに惹かれるこの感覚は、これまで漠然と抱えていたが、研究のために自分の嗜好を言語化していく過程で、この輪郭が見えてきた。

そんな自分にとって、わが家にあるArtekの『スツール 60』は、特別な存在である。

4脚で、ひとつ

この椅子を購入したのは、1年ほど前。はじめから、ひと揃いで4脚を手に入れると決めていた。

新品を同じタイミングで購入しても、それぞれの表情は微妙に違う。木目の流れ方、節の入り方、わずかな色の差。バーチの無垢材という同じ素材、同じ工場で作られていても、ひとつずつが固有の佇まいを持っている。

これを「不揃い」と捉えるのではなく、揃いの中に宿る個体差と捉える。

スタッキングしたとき、わずかに隙間ができる。重ねたシルエットを横から見ると、それぞれの脚の角度がほんの少しずつずれている。その「ほんの少し」に、ヒトの手の痕跡と、木という素材のふるまいが、同時に現れる。揃えるからこそ、その差異に気づけるのだ。

スタッキングした4脚。脚の角度がひとつずつわずかにずれる

主張しない態度

これは間違いなく定番である。1933年にAlvar Aaltoが設計して以来、90年以上にわたって作られ続けている。デザインの教科書に載るような椅子だし、知っている人も多い。

しかし、この椅子は主張しない。

私はこの数年、家具を選ぶ基準が変わってきた。以前は「これは何々チェアだね」と一目でわかるような、明確に作家の名前が立ち上がる家具を集めていた時期もあった。けれど今は、見たことがあるような気がするけれど、デザイナーがすぐには浮かばない。そんな佇まいの家具に惹かれていた。その中では、この椅子はより特別かもしれない。

部屋の主役にならず、空間に静かに溶け込んでくれるもの。匿名的な、アノニマスとも呼ばれる存在感が、空間全体の調和を作る。

定番でありながら、この匿名性を持っている。知名度がありながら、空間の主役を奪わない。これは、デザインとしてかなり高度な両立だと感じている。以前この連載で取り上げたある現代美術家のアトリエでもこの椅子が使われていることを、私はふと思い出す。

色は選ばない

私が選んだのは、塗装されていない、素のバーチ材のモデル。

色を載せないということは、木そのものの変化を引き受けるということでもある。使い込むほどに、わずかに飴色に変わっていく。指先がよく触れる場所、光がよく当たる場所。そうした微細な要素が、ひとつずつ違うかたちで蓄積されていく。

つまりこの椅子たちは、購入した瞬間にもっとも揃っていて、ここから先は、それぞれが違う時間を刻みはじめる。塗装で色を固定してしまえば、この変化は起こらない。色を選ばないという選択は、変化を選ぶという選択でもあるのだ。

ゲストに出したい椅子

普段は、わが家の隅に積み重ねて置いてある。スタッキングすれば、占有面積はわずかだ。これも、Aaltoが特許を取得した「L-レッグ」という曲げ木の脚が可能にしており、空間に余白を残してくれる。

実際にこれに座る機会は、それほど多くない。10人近くゲストが集まるような日にだけ、活躍する。背もたれのある椅子も別に何脚かあるので普段はそちらが優先され、これはあくまで補助的な役回りだ。

それでも、私はゲストにこの椅子を出したい。

もし自分が誰かの家に招かれて、ありものの椅子を集めて並べるような場面で、出された椅子がこれだったら、私は嬉しいと感じる。「ありもの」と言いながら、その「ありもの」が『スツール 60』であることに、その家の人の物への向き合い方が現れている気がするからだ。

ゲストとして自分が嬉しいものを、ゲストのために用意する。これは私にとって、その基準を満たしてくれる椅子だ。

もしも手放すなら、ひと揃いで

買えるなら、Artekには他にも欲しいものがある。キャビネットも、テーブルも、もう少し違うサイズのスツールも。けれど、今のところはこのひと揃いに絞っている。調子にのると家具はどんどん増えていくし、増えれば空間との関係が崩れる。なので、いまはこれらをずっと長く使っていきたいと思っている。

仮にいつか手放すときが来ても、すべて一緒に手放すだろう。ひとつずつ手放すという発想がない。違う表情を持ちながらも、同じ時間を共有してきた「揃いの集合」だからだ。ひとつを欠けば、残ったものたちの意味も変わってしまう。

この椅子を選ぶということは、ひとつのまとまった時間を、自分の生活の中に置くということなのだ。

今さらの定番を、自分の文脈で選び直す

『スツール 60』を、2026年の、しかもデザインのメディアで取り上げることに、今さら感を覚える人は少なくないと思う。デザインや建築、インテリアに関心がある人にとっては、語り尽くされた名作だ。

それでもなお、私はこれを選んだし、ここで書きたいと思った。

それは「定番だから」ではなく、自分の中で「揃いの中に宿る個体差」「変化のある素材」「ゲストに出したい椅子」「ひと揃い」など、自分自身の文脈ができたから、もう一度この椅子を捉え直した、という感覚に近い。

定番は、必ずしも誰かが決めた答えではない。自分の生活の文脈の中で、もう一度選び直されることで、はじめて自分にとっての定番になる。

Credit
執筆
岡田和路

CXディレクター&編集者
建築学を土台に、「作り手と使い手」の間に横たわる溝を思考の出発点とする。メディアの編集者として言葉を編み、大手メーカーでは事業開発からグローバル規模でのブランド戦略までを横断。リサーチ組織のメディア立ち上げや、事業構想をブランドの物語として紡ぐプロジェクトを通じ、スケールの異なる「価値の翻訳」を実践してきた。現在はIT企業にて、データを起点としたCXディレクションに従事。デジタルとリアル、戦略と実行を往復しながら、新たな体験価値を創造し続けている。

撮影
室岡 小百合

1998年生まれ / SIGNO所属

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