機動する書斎、束の間の余白 — PORTER TANKER HELMET BAG

定番にあぐらをかくことなく、現代のユーザーの要求に実直に応える。この真摯な姿勢こそが『PORTER』なのだろう。

WHY THIS MATTER?

建築・編集の視点を土台に、国内外のさまざまなプロダクトを見渡し独自の視点・美意識のもとセレクトする岡田 和路による連載『WHY THIS MATTER?』——氏の愛用品からモノの物語を紡いでもらう。

岡田 和路|Kazuyuki Okada
CXディレクター&編集者。建築学を土台に「作り手と使い手の架け橋」を探求。メディアで言葉を編む技術を培い、大手メーカーでは世界市場に向けたブランド戦略を担う。事業とクリエイティブを接続する視点を体得し、現在はIT企業にてデータを起点としたCXディレクションで企業の事業成長を支援する。

モノを選ぶことは、自らの生活を編集することだ。 椅子一脚、アプリのアイコンひとつ──小さな決断が私たちの日常のレイアウトを静かに書き換えている。WHY THIS MATTER? は、選択の裏側に宿る思想を解剖し、つくり手の哲学をユーザーの感覚と言葉へ翻訳する試みだ。味覚、触感、重量感といった五感のシグナルを入り口に、素材や工程、そしてブランドストーリーを掘り下げることで、衣食住を横断する「価値の構造」を可視化する。読者には暮らしを編集するヒントを、企業には次のプロダクトやブランドシナリオを描くための手掛かりを届けたい。

手ぶらの私と、大容量の相棒

私の日常には、小さな矛盾がある。 プライベートでは極端なミニマリスト。荷物は最低限、衣服のポケットに収まるものだけ。基本は「手ぶら」が信条だ。

しかし、その反動のように、仕事の場面では真逆のスタイルをとる。常によく容量の入る、大きめのバッグを携えている。

周囲からは時折「何が入っているのか」と不思議がられるが、中身は驚くほどシンプルだ。視力矯正用のメガネ。そして、仕事道具。

音楽用の『AirPods Pro』とは別に、オンラインミーティングの品質を担保するために用意した専用のマイク。そして、私の「書斎」そのものであるラップトップだ。

このラップトップが、なかなかの「クセモノ」である。私は長年、メインの仕事道具として16インチの『MacBook Pro』を愛用している。その物理的なサイズが、大きめのバッグを必要とする直接的な理由であることは間違いない。

合理性の先にある、情緒的な「余白」

だが、私が大きなバッグに惹かれる理由は、それだけではない。 もうひとつの、そしておそらく最も重要な理由は、その佇まいが『いざとなればこのまま小旅行に行けそう』という、どこか自由な気配をまとっていることだ。

もちろん、平日の業務中にそのまま旅に出ることはない。 しかし、その「可能性」や「余白」を携えている感覚が、私自身の思考を日常のルーティンから少しだけ解放してくれる。

事実、1泊や2泊程度の短期出張であれば、私はこのバッグひとつで出かけてしまう。結果として、私の外見は日々の通勤と出張とでほとんど変わらない。このシームレスな移行感覚こそ、私がこのスタイルを続ける理由でもある。

ナイロンに宿る、機能と歴史のレイヤー

この長年の要求に応え続けてくれる、信頼すべき相棒。それが『PORTER』の『TANKER HELMET BAG』だ。

もはや機能性について多くを語る必要はないだろう。吉田カバンが「一針入魂」の精神で生み出すプロダクトは、あらゆるものを無造 作に放り込める懐の深さと、それを支える圧倒的な耐久性を備えている。

1983年に発表された『TANKER』シリーズは、米空軍のフライトジャケット『MA-1』をモチーフに開発された。そのアイコニックなデザインと、レスキューオレンジの裏地。それは単なる意匠ではなく、プロダクトに歴史と物語のレイヤーを与えている。

私の手元にあるヘルメットバッグは、これで4つ目になる。旧『TANKER』のブラックとアイアンブルー、そして『HYKE』とのコラボレーションモデル。日によって使い分けているが、現在はリニューアルされた『TANKER』のセージグリーンを主軸に据えている。

身体に馴染む、アップデートの必然

旧モデルでも機能的な不満はなかった。それでもなお現行モデルを選ぶのは、そこに明確な「進化」が感じられるからだ。

まず、生地の肌触り。オリジナルのボンディング素材はそのままに、その質感はより深く、滑らかになった。

そして、ハードウェアのアップデート。長年『TANKER』の象徴でもあったファスナーは、現代の技術でより開閉がスムーズなものへと刷新された。これは日常で最も多く触れる部分であり、日々の小さなストレスを確実に取り除いてくれる。

さらに重要なのが、ストラップの改良だ。私のように16インチのラップトップや周辺機器を詰め込むと、バッグはそれなりの重量になる。リニューアル版ではストラップの幅がやや太く、またパーツも堅牢なものに変更され、重い荷物を入れた際の安定感が格段に向上した。

定番にあぐらをかくことなく、現代のユーザーの要求に実直に応える。この真摯な姿勢こそが『PORTER』なのだろう。

日常の風景に、静かな存在感を

このバッグは、機能一辺倒の道具ではない。 例えば、自室の床に無造作に置かれている姿。そのくたっとしたナイロンの光沢と柔らかなフォルムは、それだけで「サマになる」。

この「アイコンとしてもかわいい」と感じる感覚は、外に持ち出す時にも発揮される。 肩がけやたすき掛けだけでなく、あえてラフに手持ちした時。その時に際立つ独特のシルエットが、このバッグの魅力を決定づけている。

そして、このシルエットは不思議と季節を選ばない。 ヘビーなコートを羽織る冬でも、Tシャツ一枚の夏でも、コーディネート全体のバランスをうまく取ってくれる。機能的な道具でありながら、スタイリングの「ハズし」としても成立する。

余談だが、私は大型二輪の免許も持っている。モデル名が示す通り、本来の用途であるヘルメットを収納する日も、いつか来るのかもしれない(とはいえ、まだその用途で使ったのは一度きりだが)。

このバッグが持つ「大は小を兼ねる」という絶対的な安心感と、そこから生まれる情緒的な「余白」。 これからも、私のワークスタイルを支える「定番」として、この相棒との付き合いは続いていくだろう。それこそ「何個あってもいい」と思わせてくれる、稀有な存在なのだ。

Credit
執筆
岡田和路

CXディレクター&編集者
建築学を土台に、「作り手と使い手」の間に横たわる溝を思考の出発点とする。メディアの編集者として言葉を編み、大手メーカーでは事業開発からグローバル規模でのブランド戦略までを横断。リサーチ組織のメディア立ち上げや、事業構想をブランドの物語として紡ぐプロジェクトを通じ、スケールの異なる「価値の翻訳」を実践してきた。現在はIT企業にて、データを起点としたCXディレクションに従事。デジタルとリアル、戦略と実行を往復しながら、新たな体験価値を創造し続けている。

撮影
室岡 小百合

1998年生まれ / SIGNO所属

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