詩的で情緒的な層を、肌に纏う — LICHEN × Mame Kurogouchi EAU DE PARFUM

これは単なるフレグランスではない。精緻に構築されたブランドの世界観を、五感のうち最も原始的で、記憶に直結する「嗅覚」へと翻訳した、ひとつの「哲学の結晶」だ。

WHY THIS MATTER?

建築・編集の視点を土台に、国内外のさまざまなプロダクトを見渡し独自の視点・美意識のもとセレクトする岡田 和路による連載『WHY THIS MATTER?』——氏の愛用品からモノの物語を紡いでもらう。

岡田 和路|Kazuyuki Okada
CXディレクター&編集者。建築学を土台に「作り手と使い手の架け橋」を探求。メディアで言葉を編む技術を培い、大手メーカーでは世界市場に向けたブランド戦略を担う。事業とクリエイティブを接続する視点を体得し、現在はIT企業にてデータを起点としたCXディレクションで企業の事業成長を支援する。

モノを選ぶことは、自らの生活を編集することだ。 椅子一脚、アプリのアイコンひとつ──小さな決断が私たちの日常のレイアウトを静かに書き換えている。WHY THIS MATTER? は、選択の裏側に宿る思想を解剖し、つくり手の哲学をユーザーの感覚と言葉へ翻訳する試みだ。味覚、触感、重量感といった五感のシグナルを入り口に、素材や工程、そしてブランドストーリーを掘り下げることで、衣食住を横断する「価値の構造」を可視化する。読者には暮らしを編集するヒントを、企業には次のプロダクトやブランドシナリオを描くための手掛かりを届けたい。

研ぎ澄まされた「世界」への憧憬

職業柄、さまざまなブランドの盛衰や、その背景にある戦略を分析する機会が多い。多くのブランドが生まれ、消えていく中で、一貫した強度のある「世界観」を構築し、それを保ち続ける営みがいかに困難で、尊いものであるかを日々感じている。

そんな中、個人的に十数年にわたり、静かに畏敬の念を持って見つめ続けているブランドがある。デザイナー黒河内真衣子氏が手掛ける『Mame Kurogouchi』だ。

私がこのブランドに初めて触れたのは、まだ『mame』名義でメンズコレクションも展開されていた2013年頃、とあるメディアの編集者として取材をさせていただいた時だった。その後、ブランド名は『Mame Kurogouchi』となり、ウィメンズへとフォーカスを絞ってから、その世界観はさらに研ぎ澄まされていった印象が強い。

それは単なるリブランディングではなく、デザイナー自身の探究が、より深く、純度の高い哲学へと昇華されていくプロセスそのものだったように思う。

コレクションが発表されるたび、その繊細なカッティング、複雑なテキスタイル、そして背景にある知的な物語性に感嘆すると同時に、その世界観を身に纏える人々を、どこか羨望の眼差しで見ていた。それは、性別を超え、ひとつの完成された美意識に対する純粋な憧れだった。

空間から香気へ。哲学の翻訳

その憧れは、プロダクトだけに留まらない。Mame Kurogouchiの羽根木や青山に構えられたストア——これらは単なる「店舗」ではなく、ブランドの哲学を体現する空間インスタレーションだ。

これらのストアデザインを手掛けたのが、デザイナーの柳原照弘氏である。

柳原氏は、自身のフレグランスブランド『LICHEN』も展開している。そして、この二つの才能が交差するのは必然だったのかもしれない。柳原氏の空間デザインがMame Kurogouchiの「器」であるならば、彼らのコラボレーションによる香りは、その空間に満ちる「気配」そのものだ。

ここで、私が手にしたアイテムを紹介したい。

『LICHEN × Mame Kurogouchi EAU DE PARFUM』

シルクシャツを思わせるマットな墨黒の陶磁器製ボトル。それ自体が、柳原氏のデザインした静謐な空間に置かれるべきオブジェのような佇まいだ。

このコラボレーションは、自然と身体感覚の共存をテーマにしている。ベースとなる『LICHEN BASE EAU DE PARFUM』が持つオークモス(苔)を主体とした土のエレメント。そこに、フジバカマ、白檀、沈香、スミレなどが複雑にブレンドされている。

リリースによれば、それは「雪を纏った土の上に広がる無音の冷たい風景と、それを室内から眺める体が感じる温かみ」を表現している。まさに、Mame Kurogouchiのコレクションが持つ、厳しさと紙一重の官能性、知的な冷たさと身体的な温かみが同居する、あの独特の感覚だ。

「世界」を浴びる、という体験

私はこの香りを、一般的な香水のように直接肌につけることは少ない。

自室の空間、あるいは出かける直前の玄関の空中に、ワンプッシュかツープッシュする。そして、その霧が降りてくる下を、静かにくぐり抜ける。

私にとって、これは「香水を纏う」行為とは少し異なる。「Mame Kurogouchiの世界観が立ち込めた空間をくぐる」ことで、意識を切り替えるようなイメージに近い。

日々、膨大な情報に触れ、幾重もの判断や意志決定を求められる中で、感覚を一度リセットする。それは、思考のノイズを払い、クリアな視界を取り戻すための、ささやかな抵抗なのかもしれない。

肌に直接付着する香りはごくわずか。しかし、その瞬間、私の周囲の空気は、あの研ぎ澄まされた世界観のレイヤーを一枚、確実に纏う。

それは、ビジネスの現場で求められるロジックや効率とは対極にある、極めて詩的で情緒的な存在かもしれない。だが、この「世界を浴びる」感覚が、自身の思考や佇まいに、静かな芯を与えてくれるように感じている。

手のひらに乗る「哲学の結晶」

私が手に入れた初期ロットには、黒河内氏自身が香りの採取に携わったというエピソードがあるそうだ。その情熱と探究心が、この複雑な香りのレイヤーに奥行きを与えているのは間違いない。

また、お米由来のアルコールを使用するなど、素材の選定にも妥協がない。肌に触れるものとしての誠実さが、プロダクトの思想的な強度を支えている。プロダクトの裏側にある、こうした「必然性」の積み重ねこそが、強いブランドを形作るのだと改めて気づかされる。

Mame Kurogouchiのドレスやコートを手にすることは叶わなくとも、この陶器の小瓶ひとつで、その深遠な哲学の入り口に立つことはできる。

これは単なるフレグランスではない。精緻に構築されたブランドの世界観を、五感のうち最も原始的で、記憶に直結する「嗅覚」へと翻訳した、ひとつの「哲学の結晶」だ。

日々、無数の情報と選択に晒される私たちにとって、自らの輪郭を確かめるために、こうした確固たる哲学のかけらを傍に置く。それもまた、現代におけるひとつの「編集術」なのだと思う。

Credit
執筆
岡田和路

CXディレクター&編集者
建築学を土台に、「作り手と使い手」の間に横たわる溝を思考の出発点とする。メディアの編集者として言葉を編み、大手メーカーでは事業開発からグローバル規模でのブランド戦略までを横断。リサーチ組織のメディア立ち上げや、事業構想をブランドの物語として紡ぐプロジェクトを通じ、スケールの異なる「価値の翻訳」を実践してきた。現在はIT企業にて、データを起点としたCXディレクションに従事。デジタルとリアル、戦略と実行を往復しながら、新たな体験価値を創造し続けている。

撮影
室岡 小百合

1998年生まれ / SIGNO所属

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