「動的」に変化し続ける、グッドデザイン賞審査の軌跡【編集部手記】

ある審査委員は「こんなに議論をするデザイン賞は世界を見渡してもそうない」と口にした。その「濃度」の一端を、審査に密着した編集部がリポートする。

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2022年11月1日、2022年度グッドデザイン賞における大賞受賞者が決定した。
同年4月1日に応募受付を開始して以来、約7ヶ月。5,715件の審査対象に対して行われた審査は、この瞬間に幕を閉じた。

designingはメディアパートナーとして、グッドデザイン賞の審査を通じてデザインの新たな可能性を考え提言する活動「フォーカス・イシュー」を中心に、審査プロセスを取材してきた。

その成果は特集内で随時公開しているが、編集部はこの取材の中で、「グッドデザイン賞の審査プロセスそれ自体」に深い興味を抱いた。審査委員には、国内外のデザイナーや建築家、専⾨家など、各分野の⼀線で活躍する100名弱が名を連ねる。その面々は時に白熱した議論を重ねながら、60余年に及ぶ歴史の上で、現代の社会・未来を見据えつつ審査を行う。

ある審査委員は「こんなに議論をするデザイン賞は世界を見渡してもそうない」と漏らしていたが、100名弱のプロフェッショナルが貴重な時間を割き濃密な議論をする重みは、「受賞対象一覧」だけではなかなか伝わらない。

「よいデザインとはなにか?」を議論・提言し続けてきた、言わば日本における「デザイン」の現在地の写し鏡とも言える、グッドデザイン賞。本記事では、2022年度その審査に密着し目にしたその「濃度」の一端をリポートしたい。

日本を牽引するトップクリエイター100名弱が、数日間“缶詰”に

グッドデザイン賞の審査は、大きく分けて3つのプロセスで進行する。

6月に書類審査によって審査対象を絞り込む「一次審査」。8月に、審査委員が3日間“缶詰”となり、現物展示や応募者へのヒアリングを元に、受賞対象と「グッドデザイン・ベスト100」を決める「二次審査」。そして9月に、受賞者によるプレゼンテーションを経て「金賞」や「特別賞」などの受賞対象を選出する「特別賞審査」だ。

グッドデザイン賞の年間プロセス

中でも、とりわけ編集部の印象に強く残ったのが、多大な労力とコストをかけて行われる二次審査だ。

Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)のホールを複数借り切って、一次審査を通過した応募作のほとんどが展示される(※「建築」のように持って来れないもの、「取り組み」のように物理的な展示が難しいものはパネル形式となる)。ほとんどの審査委員が一箇所に集い、一つひとつの作品をじっくり見て、出展者にリモートでヒアリングも行いながら、受賞対象に相応しいかどうかを3日間かけて審査してゆく。

Aichi Sky Expoは、中部国際空港直結の国際展示場。周囲は空港に付帯する設備や駅のみ、名古屋駅からは一時間弱かかる。「審査に専念する」にはもってこいの場所だ。

審査委員長の安次富隆、副委員長の齋藤精一をはじめ、多忙を極めると推測される各界のトップクリエイターたち100名弱は、この期間ほぼ“缶詰”になり審査に専念する。これだけ一線級のクリエイターが一堂に会し、時間をともにすることさえ他では珍しい。宿泊先のホテルも基本的には同じであるため、日本のデザインを牽引する面々が、文字通り寝食を共にしながら、その頭脳と身体を目一杯働かせる。

そのプロセス設計だけを見ても、グッドデザイン賞は他では実現し得ないような突飛なことを行っているのだ。

意図的に構築された、多角的に是非を問うプロセス

もちろん、名のあるクリエイターを動員していること自体が価値、というわけではない。

筆者らが見ている印象だと、各々の審査委員たちは「日本のデザインの行く末を背負っている」という自負と責任感を持って、手加減なしで審査に臨んでいた。その“本気度”こそが、グッドデザイン賞のキモと言えるだろう。

受賞対象の選定は、ジャンルごとに約20のユニットに分かれて行われるが、ユニットによって重視される観点は多様だ。シンプルな美しさや機能性から、業界内での新しさ、社会的意義……ジャンルの特性に応じて、多角的な議論が行われる。

興味深いのは、審査委員の中にはその担当ユニットを専門とするデザイナーもいれば、別分野が専門のデザイナーも、そもそも「デザイナーではない専門家」も含まれる。その面々が議論するからこそ、視点は多面的にならざるを得ない。

その専門分野の中で言えば「受賞に値する」と言えるものであっても、「他分野と相対的に見た時、値すると言えるか」「社会の変化を踏まえたときに、これをグッドデザインで選ぶべきか」といった観点もある。

以前小誌がインタビューをした際、グッドデザイン賞を運営する日本デザイン振興会(JDP)の矢島進二は、審査委員の選定において次のように形容していた。その言葉を反芻したくなる姿がそこにはあった。

「デザイナーだけでなく、さまざまなジャンルで活躍される方を選ぶことで、既存の人も刺激を受ける。同じ分野の人だけで固まっていると、視点が偏り、歴史に準じた評価になってしまいかねません。ただ、次の時代の“グッド”をつくるのは、既存の価値観では捉えられないものだったりする。

異分野の視点はすごく新鮮で、審査委員同士議論する中では、他者に触発され意見や視点もどんどん変わっていくんですよ。いわゆるデザインだけではない。あらゆる領域の最前線を進む開拓者がいなければ、未来のデザインを見通すことはできませんから」

グッドデザイン賞の歴史から紐解く、60年以上変わらないその本質
https://designing.jp/jdp-yajima
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時には紛糾も辞さず、意見をぶつけ合う

そして、とりわけ議論が(良い意味で)紛糾するのが、「グッドデザイン・ベスト100」の選定だ。

会場に集められた数千点の応募作の中から、たった100個に絞り込むとは、気が遠くなるような作業に思えてしまう。しかし、妥協することなく、丁寧に投票や議論が重ねられていた。審査委員の各々の専門性も活かしながら、使いやすさや便利さはもちろん、社会性や経済性、またその作品を「グッドデザイン・ベスト100」として打ち出すことの意味や重さまで、さまざまな観点から検討が加えられてゆく。

ベスト100審査

ベスト100の審査では、それまで20に分かれていたユニットの面々が(年度によっては異なると言うが、2022年度はユニットリーダーを中心に)一堂に会し、改めて議論を重ねるのだ。その意見を取りまとめる難しさは想像に難くないだろう。かつ、いずれも知識や経験が豊富な一線級の面々。論点は審査対象ごとに異なりつつ、非常に広範に及ぶ。

ときには意見が対立し、両者一歩も譲らない激論となるシーンもあった。結果として、一つの応募作の選定是非に、審査時間の少なくない割合が費やされることも。しかしそれでも、「デザイン」に対する強い想いはすべての審査委員に共通している。納得のいくまで議論を重ね、合意形成がなされていった。

ちなみに、このベスト100の審査は二次審査の最終日に行われることが多い。過去には、愛知から東京への最終新幹線ギリギリの時間まで延びることもあったという。それほど時間と労力の限りを尽くして議論された結果が、ベスト100なのだ。

控えめに言っても、これだけの一線級のクリエイターたちが、これだけの責任と矜持を持って本気の議論をみっちりと繰り広げる場は、そうそう実現できないのではないだろうか。

特別賞審査

グッドデザイン賞は“グッド”を再定義し続ける

審査に伴走し、改めて編集部が着目した点は“プロセス”以外にもう一点存在する。

それは「賞自体の変化」だ。designing編集部は2021年度より審査プロセスに伴走しており、2022年度は2年目になる。

この2年間を見るだけでも、社会情勢にあわせて、また審査委員や運営サイドによる振り返りを反映して、賞を形作る様々な要素が変わり続けているのも印象的だった。

副委員長・齋藤は、本年度のグッドデザイン賞について、designing編集部のインタビューにこう答えていた。

「(2021年度のテーマである)『希求と交動』は、デザインする人たちの行動指針やあるべき姿を示すもので、そのメッセージが射程に収めるのは作り手側のマインドまでだった。一方で(2022年度のテーマである)『交意と交響』は、具体的な行動やその行動を共にする相手までもを提示しているんです」

筆者らの実感としても、2022年度は、たとえ小さな市場であったとしても、クレバーに解決策を提示する「具体的な」アクションプランを実現するタイプの商品やサービスが増えていた印象だ。前掲のインタビューでも、齋藤は、いわゆるマイノリティ向けのサービスが増えているという所感を語っていた。

あくまで推測でしかないが、この背景には2021年度にフォーカス・イシュー・ディレクター陣に行ったインタビューで出ていた、以下のような言葉への自己反省もあるのかもしれない。

「ユニットごとの審査ではマイノリティの方々を対象としたものも多かったので感じなかったのですが、ベスト100は『グッドデザイン賞はまだまだマジョリティの価値観が中心の場だ』と感じました。あげられるプロダクトや論点が、マジョリティの視点を前提にしていて、自分たちが価値を感じられるかどうかが評価の軸になっています。率直に言えば、ダイバーシティやインクルージョンの観点で、もう少し改善の余地があるでしょう。

マイノリティの方々を対象としたものは、マーケットも小さく利益が出にくいものが多い。結果、企業としても投資しづらく、技術開発にも時間を要してしまいます」

手厳しいコメントに感じるかもしれない。しかし審査委員たちがこうして真摯に改善案を提示し、それを翌年すぐに反映していく姿は、もっと評価されるべきではないかと思わされた。

また変化し続けるスタンスは、社会や地球にとって“グッド”なイベントを目指して行われた、グッドデザイン賞受賞展のリデザインプロジェクトにも表れているといえるだろう。

グッドデザイン賞受賞展は本当に“グッド”といえるのか?Change for Goodへの軌跡
https://note.com/gooddesignaward/n/ndb139fb83c86
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いかなるデザインが「グッド」であるのか、それは社会状況にあわせて、刻一刻と変わっていく。

第一線で活躍するクリエイターたちが一堂に会し、少なくない時間と労力をかけながら、その変化の兆しを全力で追い、現時点での「グッド」を定義していく──グッドデザイン賞とは、そんな動的な取り組みなのだ。

60年以上もの歴史を有するゆえに、グッドデザイン賞は時に重く捉えられ過ぎてしまい、時に軽んじられてしまう。だが、そのプロセス、積み重ねられた変化に焦点を当ててみれば、「グッド」を問い続けている活動の本質が見えるのではないだろうか。

Credit
執筆
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

編集
小山和之

designing編集長・事業責任者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサルでの編集ディレクター/PjMを経て独立。2017年designingを創刊。2021年、事業譲渡を経て、事業責任者。

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