豊かな自然が続く未来のために。人の欲求と自然、経済をつなぐデザイン──DAISHIZEN・齊藤太一

「自然に感謝して生きる」文化を根付かせるために、時には全く異なるジャンルの人たちと組みながら、同時多発的かつ多角的にカルチャーの"包囲網"をつくっているんです。

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生け花や盆栽、園芸、庭づくりなど、古くから日本では植物と関わる活動は“嗜み”として受容されてきた。

だが、植物とは生き物であり、それでいて形の変化や状態を完全にコントロールすることは難しい。さらに森や生態系といった単位になると、介入は一層難しくなる。「植物をデザインする」と表現すると、それはおこがましいとも言えるかもしれない。

そうした「植物」と人間の関係性をデザインし、人々の暮らしに融け込ませるトップランナーがいる。グリーンデザインのパイオニアSOLSOだ。

SOLSOブランドを運営するDAISHIZEN代表・造園家/グリーンディレクターの齊藤太一は、15歳でガーデニングと出会い、生花店での修行を経て2011年に同社を設立。グリーンの販売を中心に、「植物が身近にある暮らし」を創業当初は提案していたSOLSOだったが、現在では都心部の大型施設の意匠設計や植栽までを担う。

DAISHIZENの活動は上記にとどまらない。食、園芸雑貨、家具、観光、アート、林業……こうした事業やブランド、プロジェクトを次々と立ち上げ、全体像が見えないほどにまで領域を拡大している。

グリーンの販売や植栽デザインのイメージが根強い同社は、なぜそのような植物や生態系にかかわるさまざまな実験的取り組みを展開しているのか。

経営や事業の核にある、人間の欲求と自然、経済をつなぐデザインのあり方を紐解いていく。

事業多角化から、豊かな自然が続く“きっかけ”を生み出す

「社名の通り、DAISHIZENの事業は、自然にまつわる“あらゆること”です」

一見掴みどころがない取材冒頭の言葉は、まったく嘘偽りのないものだった。豊かな自然を持続させるために、どのように事業を設計していくか——創業から十数年にわたってこの問いを徹底的に突き詰めてきた同社には、その叡智が蓄積されている。

DAISHIZENが手掛ける領域は多岐にわたるが、最も一般に知られているのは、グリーンデザインという分野を一般に広めた「SOLSO」だろう。

SOLSO HOME Daikanyama / 2023年10月オープン(提供写真)

SOLSOはグリーンデザイン・施工・メンテナンスまで提供するグリーンサービスや関東を中心としたグリーンショップを展開する。例えば、グリーンショップ「SOLSO HOME」では、リビングやホームオフィスなど小規模なスペースにグリーンを配し、植物を日常で身近に感じられるようなライフスタイルを提案している。

また、神奈川県川崎市にある「SOLSO FARM」では、約1470平米の広大な敷地面積を持つ自社農園で手入れしたグリーンを生産・販売。植物の栽培を農家だけに頼らず自分たちでも行うことで、安定して高品質なグリーンの提供が可能になっている。

SOLSOの事業領域はいわゆる“植物屋”にとどまらない。グリーンを最大限に活かす建築の意匠設計やランドスケープデザインにも強みを持つ。2024年4月開業の東急プラザ原宿「ハラカド」の屋上庭園や、2023年10月に代官山駅前に誕生した複合施設「Forestgate Daikanyama」のランドスケープなど、SOLSOが手掛けるデザインは都市の風景にも大きな影響を与えつつある。

東急プラザ原宿「ハラカド」屋上庭園 / 2024年4月開業(提供写真)

一歩引いたDAISHIZENでは、より幅広い事業やブランドを展開する。例えば、二子玉川に店舗を構えるプラントベースのカフェ「GOOD GREEN THINGS」(株式会社GOOD GREEN COMPANY)や、植物栽培キットや培養土を中心に園芸用品の商品開発・卸販売を行う「Do! earth & green」(株式会社DoLABO)なども展開している。

実験的な事業のために、他社と協業することも珍しくない。高い都市緑化技術を持つ東邦レオとの合弁会社「SYN SHIZEN」では、自然環境が人に与えるリラックスや癒し効果を取り入れる「バイオフィリックデザイン」を活用するソリューション事業を展開している。

齊藤太一は、そうした事業多角化の背景にある思想を次のように語る。

齊藤「DAISHIZENがテーマにしているのは、自然の驚きや発見が、常に持続するような未来の創造です。未来のメインストリームを自分たちで創るというよりも、人々が『豊かな自然が未来にも続いてほしい』と望むようになるための“きっかけ”を提供したい。あえてフランクに説明するなら、『自然って気持ちが良いし、楽しいよね』と人間が思えるようになる、その一歩目の気付きを提案したいと思っています」

DAISHIZEN代表取締役 齊藤太一|1983年生まれ。造園家。グリーンディレクター。自然と建築と人との調和を目指した植栽、造園を得意とし、建築のコンセプト段階よりプロジェクトに参画。グリーンに関わるブランディングやコンサルティングなども幅広く手がける

経営の軸足となる「サブスクリプション」モデル

多角的な事業やブランドを展開するDAISHIZENだが、その実収益の少なくない割合が意外なビジネスモデルによって生み出されている。それはランドスケープにおける植栽やオフィス内、その周辺環境を緑化するための植物を提供し、その後定期的に手入れを加えるレンタルやメンテナンスサービスだ。

齊藤「基本的には生き物を扱っているので、置いて終わりではありません。自然は、自然のままに維持するのが一番難しい。見栄えを維持するための手入れや、その後の成長までを考えたメンテナンスがやはり必要なんです。そこを徹底して、お客さんが苦労せず、気持ち良く過ごしてもらえることを事業にしているんですね。

さらに、僕たちは法人向けにもグリーンのレンタルとその後のメンテナンスまで請け負っているのですが、これが結果的にサブスクリプションモデルのような収益構造になっていて。現在では売上の半分近くがこうしたサービスから生まれています」

DAISHIZENのもとには、大小さまざまな植物に関する相談が持ちかけられる。例えば、コワーキングスペースの植栽デザインからメンテナンスまでを一貫して請け負う。大手テクノロジー企業のオフィス内に、通常では手入れが難しい植物を持ち込み、トロピカルな空間を演出する。データセンターの周辺に森をつくり、CO2をオフセットしながら周辺環境との調和を図る……。

こうした依頼は、その後のメンテナンスまで含めて長期的な付き合いになることも多い。結果的に生まれる収益の安定性が、ビジョンを追求するための基盤になっているという。

齊藤「僕たちはビジネスとして成功しようとは思っていません。ただ、経営的にサステナブルな状況があるからこそ、『自然を世の中にインストールするきっかけを提供する』という任務のためにさまざまな試行錯誤ができるんです。

もしグリーンの販売や設計だけで経営を成り立たそうとすれば、いわゆる設計料をもらって、見栄えの良いきらびやかな建築や空間をつくることがいつしか目的化してしまう。だから収益の安定性は、僕たちがあるべき姿を目指すために欠かせないと思っています」

「植物にかかわるすべて」を一気通貫で担える独自の強み

グリーンの販売や設計を手がけるだけでなく、自社農場での栽培からメンテナンス事業までを通じて植物に関わるバリューチェーン全体を手がけられるようになったことは、DAISHIZEN独自の強みを構築することに繋がっている。

土壌づくりから植物の生産(栽培)、収穫、加工、流通、販売やレンタル、植栽デザイン、メンテナンス、そして最後にコンポストによる堆肥化……こうした一連のプロセスをすべて社内で担えることで、顧客の要望に柔軟にあわせて、企画から運用までを一気通貫で手掛けられるようになったからだ。

そうした強みが活かされた事例も生まれている。そのひとつが、農業・食・アートの3つを軸に、豊かな自然とその恵みを楽しめる千葉県・木更津市の複合施設「KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)」だ。

cocoon KURKKU FIELDS(提供写真)

DAISHIZENが携わった同施設内の宿泊施設「cocoon」は、「​​再生と人の暮らしの循環」をテーマに設計。屋上には畑が設けられており、そこから出た残渣をコンポストしたり、バイオマス発電で活用した堆肥を液体化して再利用したりできる。「企画だけでなく運営面にも携わっている」という言葉は、植物に関するオペレーションを強みにするDAISHIZENならではと言えるかもしれない。

また、Forestgate Daikanyama内のカフェ「CIRTY」も、DAISHIZENの手が細部にわたって入った場所だ。KURKKU FIELDSと同様に屋上に畑が設けられているが、建築の意匠設計にはじまり、植物の配置からカフェの運営に至るまでDAISHIZENのメンバーが携わっている。

これらのグリーンは、カフェのスタッフまで全員が手入れまで担えるようなオペレーションが構築されている。それだけでなく、畑の残渣をコンポスト化したり、バイオマス発電から生まれたかすを液体肥料に変えて施設全体に散布したりといった作業も自分たちで行っているという。

代官山サーキュラーコミュニティ「CIRTY」(上下、提供写真)

齊藤「企画やシステムを考えるだけでなく、実際にメンバーが手を動かしてオペレーションを手がけられることが、僕たちの大きな付加価値でありポテンシャルだと思っています。いくら絵図を描いても、実際に手を動かせる人がおらず、理想論に終わってしまうプロジェクトをいくつも見てきましたから。

また、僕たちは造園家・林業家・農家などと一緒に仕事する機会が多いと言えますが、こうした現場でものづくりに携わる人たちの存在こそが企業にとっても強みになる。ITのようにデジタルな世界だけに完結せず、リアルで何かを生産できる人、循環させられる人が、日の目を見る時代が来ているように感じます」

「建築と植物の融合」の実現を目指した歩み

そもそも齊藤は、いかにして現在のようなグリーンビジネスを手掛けるようになったのか。

岩手県・花巻市に生まれ育った齊藤は、近所の住人の庭造りを手伝いはじめたことがきっかけで、15歳という若さで造園家としての活動ををスタートさせた。最初は独学しながら個人で仕事を請けていたが、ある日、近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトが設計した建築「落水荘」を知り、大きな衝撃を受ける。

アメリカのピッツバーグから車で2時間、自然豊かな山中で滝の岩の上に建てられた落水荘は、自然との調和を体現した傑作のひとつとして名を馳せている。その驚きから、造園家として活動していた齊藤も「建築と融合する植物」を提案できる人物を目指すようになる。

その道が、現在の仕事へと続いている。高校卒業後は、ガーデナーとしての買い付けの仕事で知り合った東京・青山の生花店に就職。当時はインドアグリーンの考え方がまだ普及しはじめた頃であり、「植物は空間を作った後に考えるもの」という感覚が一般的だったと振り返る。

そこで齊藤は、「植物の世話は庭師や造園家に頼むもの」という日本の文化や常識を変えていく余地があると感じた。パリなど文化的に成熟した街では、植物は日常的に触れ合う存在であり、水やりなどの世話も当たり前のようにする感覚がある。さらに、長期的な地球環境への危機感と自然の重要性への意識も相まって、日常に植物を取り入れるライフスタイルを提案する意義があるのではと考えた。

それらが結実したのが、2011年に創業したDAISHIZENであり、同年に立ち上げたSOLSOだった。

齊藤「創業時から僕の考えはあまり変わっていません。人間と自然をつなぎ、自然に感謝しながら生きられるようなライフスタイルを提案したい。そのためには自然を体感する機会を増やす必要があり、『園芸』はその身近な手段のひとつだと思っています。

ただ、SOLSOを立ち上げた頃の『園芸』は、バラ園やイングリッシュガーデンのような世界観が主流で人を選ぶものだった。現に、僕はあまり生活の中に取り込みたいと思えませんでした。その代わりに、もっとさまざまな人々の日常生活に溶け込み、幸せな気持ちをもたらす“かっこいい/かわいいグリーン”のデザインを提案できれば、『自然を大切にしよう』と思う気持ちをもっと人々にインストールできるはず。それがSOLSOというブランドで実現したいことだったんです」

人々の意識に自然の存在がインストールされるように、植物が身近にあるライフスタイルをデザインする。さらに、齊藤は「建築と融合する植物」という己が目指していた原点に立ち返り、建築の設計段階やビジネスの上流工程にも「グリーンディレクター」という肩書きで携わるようになっていく。

齊藤「これまでの造園家は、プロジェクトの最後に登場する、いわば『後付け業者』でした。建築家が決まり、コンセプトも設計もまとまり、着工してある程度施工が進んだ段階で、はじめて声がかかる。『ここに微妙な空間があるので、いい感じに植物を配置してください』と呼ばれる立場でした。

でも、建築と植物の融合を長らく追求し、地道に多面的に活動を重ねてきた結果、今は僕たちがプロジェクトをディレクションする立場になることも増えました。企画時点でクライアントから直接相談を受け、建築自体のコンセプトを検討したり、どの建築家に依頼すべきかまでも考える。もちろん施工にもかかわりますし、その過程で緑も添えていきます。計画段階から全体に関わることで、人間と自然が調和する“命を吹き込まれた”空間をつくれるようになった手応えがあります」

人間の欲求と自然、経済性をつなぐデザイン

冒頭でも触れた通り、齊藤が目指すのは、「豊かな自然が未来にも続いてほしい」と人々が望むようになるきっかけを提供することだ。

その戦略として、レンタルやメンテナンス事業による安定した収益基盤と、植物にかかわるオペレーションを一気通貫で手がけられる強みによって、多面的に事業を展開できるようになってきた。そういった一連の動きは、齊藤の目指す姿に対してどのように機能するのだろうか。

齊藤「僕は、自然に感謝して生きるという文化を根付かせていくために『包囲網』をつくっているんです。時には全く違うジャンルの人たちと組みながら、同時多発的かつ多角的に同じコンセプトで攻めることで、カルチャーの“網”をつくる。

もちろん、ひとつずつのコラボレーションは決して規模が大きいものばかりではありません。しかし、鯨が小魚を追い込んで一口で食べるように、総体として大きな網を張り巡らせることで、世の中を一気に変えたい。そのために、一つひとつの事業やブランドを仕込んでいます」

SOLSOを中心とした自社事業はもちろん、ジョイントベンチャー、外部パートナーとの協業なども通じて価値提供の領域を広げていく。食、建築、家具、ファッション、アート、林業、循環葬……さまざまな領域にグリーンを掛け合わせてDAISHIZENはその領域を拡大している。

齊藤「『人間の欲求を満たしながら自然で経済を生む』方法を、僕は常に考えているんです。そのために、植物を考える視点をミクロからマクロまで拡縮させながら、事業の機会領域を考えます。たとえば、ミクロに見れば園芸ですし、マクロに見れば都市になる。

自然を捉えるレイヤーを変えながら『豊かな自然が持続する未来』を考えていくと、個人向けのグリーンショップから都市緑化などの建築プロジェクトまで、さまざまな事業が生まれていくんです」

足元の植物から巨大な都市まで、この大小をきわめて広い射程で齊藤は捉える。そこに人間の生活や生きるから死ぬまでのライフスパンなど、時間の流れを掛け合わせ、人間の欲求と植物の接点をデザインしているのだ。

齊藤「マクロには宇宙や惑星規模、そしてミクロには足元にある土や微生物までが、『自然』として検討する範囲に含まれますし、実際に土中環境やバクテリアの可能性に着目した研究や事業開発も進めています。自分がどのレンジで物事を考えているかは常に意識していますね。

最近は人間の生死、とりわけ樹木葬や循環葬などにも関心を持っています。普段の人々の暮らしに植物をインストールしていくだけでなく、たとえば人間が最後にどのような形で地球に還るのが自然であるかも、デザインする対象のひとつとして考えるべきだと思うんです」

もちろん、このように多面的に事業を展開するのは容易なことではない。事実、困難を伴うことも少なくないという。

例えば、DAISHIZENはサーキュラーエコノミーの実装を目指して、オフグリッドやグリーンエネルギーなどの技術を詰め込んだ拠点「KEEP GREEN HOUSE」を2023年に建設した。その理由を、“怒り”だと齊藤は表現する。

齊藤「KEEP GREEN HOUSEを社屋として建設した動機は、ある種の“怒り”です。企業や学者の方々が『理論的にはできるはず』と語る、これからの世の中に必要なはずの建築物が、さまざまな事情を口実になかなか実現されない。『一緒につくりましょう』と持ちかけても断られてしまう。であれば、財務的に苦しくなってでも、自社事業として強引にやるしかないと思ったんです。

だから、KEEP GREEN HOUSEのコンセプトは『真似できる建築』『真似してもらいたい建築』です。あくまで豊かな自然を持続するという使命に向けて、後続の人々が続くための“前例”をつくろうと考えました」

生物や生態系にかかわる理論や技術を、人々の暮らしに馴染む形に変えることで、日常にインストールしていく。「人間の欲求を満たしながら自然で経済を生む」という齊藤の言葉の背景には、そんなデザインの思想が表れていると言えるかもしれない。

だが、さまざまな試行錯誤を創業から約10年弱で繰り返してきたはずの齊藤は、「あくまで自分のことは経営者ともデザイナーとも思っていない」と自らの仕事を振り返る。

齊藤「僕は学者ではありませんし、アーティストでもデザイナーでもない。自分自身を経営者だとも捉えていない。特に持論もなければ、やりたいこともない。ずっと自分のできることを職種や立場に縛られずに考えているだけの“何でも屋”です。

僕は単純に、自然にたくさん感謝して、自然が好きで、人間が好きというだけ。だから、自然と人間が豊かに共存共栄できる未来がすてきだよな、と思っている一人に過ぎないんですよ」

Credit
執筆
長谷川賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。「ライフハッカー[日本版]」や「北欧、暮らしの道具店」を経て、フリーランス。ライター/編集者として、執筆、編集 、企画、メディア運営、ブックライティング、モデレーター、Podcast配信など活動中。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

取材・編集
石田哲大

ライター/編集者。国際基督教大学(ICU)卒、政治思想専攻。ITコンサルタント、農業用ロボットのPdM、建設DXのPjMを経て独立。関心領域は人文思想全般と、農業・建築・出版など。

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