「祈り」と「成果」の間で、新しいお金の巡り方を描く。社会課題解決を促す生態系のデザイン──taliki・中村多伽

「他力」という言葉を掲げる中村の奥底には、その朗らかな笑顔とは裏腹に、確かな覚悟が宿っていた。

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近年、福祉や貧困、環境問題、不平等の是正など、いわゆる「社会課題」に取り組む事業が注目を集めている。

だが、事業化しても利益を生みづらいというイメージも相まって、多くの事業者はこの領域に足を踏み入れることを躊躇する。その結果、本当に解決が必要な切迫した社会課題は、今なお手つかずのまま放置されているとも言えるだろう。

こうした“難しい”領域の事業において、いかにして持続可能な仕組みを設計できるか。これは現代社会が抱えるひとつの大きな論点とも捉えられる。

“利益追求”や“利潤の最大化”を目的とする、従来の資本主義的な活動では解決されづらい社会課題を減らす仕組み、お金や人の循環をいかに構築するか──こうした構造的な問題にさまざまな角度からアプローチしているのが中村多伽が代表を務めるtalikiだ。

同社は主に社会課題解決型ベンチャーに対して事業開発や広報などで伴走支援を手がけているが、メディア、インキュベーション、オープンイノベーションと事業領域を少しずつ広げて、創業3年後の2020年には投資ファンドを組成。自らがベンチャーキャピタルとして社会起業家に対する出資を手がけるようになった。

designingでは2024年にフォーカスするトピックの一つとして「生態系/システムのまなざし」を掲げているが、こうした活動は「社会課題の解決を促す生態系」をデザインしているとも捉えられる。

talikiはいかにして社会起業家を支援し、社会課題が解決されるエコシステムをデザインしようと試みているのだろうか。

「私の投資は祈りに近い」。そう語る中村が描く、社会変革への道のりに迫った。

社会課題解決を促進する、“リソース”循環の設計

いまでこそ投資ファンドとしての活動が注目されるtalikiだが、そこに辿り着くまでにはさまざまな角度からのアプローチが施行錯誤されてきた。

talikiは2017年、中村が大学4年生の時に創設された。最初に立ち上げたのは、社会課題の解決に取り組む人をエンパワーするメディア「taliki.org」。社会課題の領域に取り組むプレイヤーが増えない現状を前に、最初は「社会課題についての人々の認知が足りていない」という仮説から、メディアという情報発信の事業を始めたという。

その後、社会起業家の育成や事業が軌道に乗るまで伴走支援をするインキュベーション事業へも拡大。この背景には、ある気づきがあった。社会課題の領域にはすでにたくさんのプレイヤーがいる。むしろ課題は難易度の高さから多くの人々がうまくいっていない状況にある。そう気付いたのだと中村は語る。

中村「社会課題に取り組む事業はわかりやすく成長を見込めるわけではない。それゆえに、プレイヤーの多くは人手や資金、あるいは人脈などのリソースが不足しやすい構造があるんです。すると効果的な活動ができず、成果が出ないため拡大ができなくなり、さらにリソースが集まらなくなる。そうした『負の循環』が起こっていることに気づいたんです」

株式会社taliki 代表取締役 中村多伽
1995年生まれ、京都大学卒。大学在学中に国際協力団体の代表としてカンボジアに2校の学校建設を行う。その後、ニューヨークのビジネススクールへ留学。現地報道局に勤務し、アシスタントプロデューサーとして2016年大統領選や国連総会の取材に携わる。様々な経験を通して「社会課題を解決するプレイヤーの支援」の必要性を感じ、帰国後の大学4年時に株式会社talikiを設立。関西を中心に190以上の社会起業家のインキュベーションや上場企業の事業開発・オープンイノベーション推進を行いながら、2020年には国内最年少の女性代表として社会課題解決VCを設立し投資活動にも従事

talikiが向き合うのは、難しい社会課題に挑むプレイヤーに不足しがちなリソースを行き渡らせ、「正の循環」の仕組みをデザインすることだ。

それは同時に、プレイヤー側の意識変容を促すことでもある。たとえば「社会課題領域はビジネスとして成り立ちづらい」という思い込みを捨てて、思い切ってビジネスモデルを変えてみることで、突破口が生まれることがある。

中村「一見わかりやすい市場成長が見込めず、マネタイズが難しいと思われている領域でも、切り口を変えてビジネスモデルをデザインすることで、新しい人や資金が流れ込むことがあります。

例えば、課題の当事者の方が経済的に豊かではない場合、サービス利用料から大きな利益を得る見込みは立てづらいですよね。そうした場合は、当事者への支援によって間接的に利益を享受できる『第二の受益者』を見つけ、そこからマネタイズしつつ当事者にもお金が流れる仕組みを考えてみる。他のビジネスでも用いられている手段を工夫して適用することで、ビジネスとして成立させられる社会課題も一部あると思っています」

だが、ビジネスのあり方を変えるのは言葉だけで簡単に実行できるものではない。だからこそ、talikiの支援は社会起業家のインキュベーションや事業開発や広報などの支援に留まらない。時には特定分野の専門家や、経験豊富な先輩起業家などにアドバイザーとして入ってもらい、サポートを受けられる体制の構築などにも取り組んでいる。

こうして、リソースの提供という観点からも、さまざまな切り口から社会課題の解決を促進する生態系の構築を目指してきたtaliki。だが、社会起業を志す人に最も不足しがちな資金については、設立当初からファンド機能を自社で持つことを視野に入れていたという。

talikiのように社会課題解決を目的とする投資は、近年「インパクト投資」という名前で呼ばれ、期待が高まりつつある。環境・社会課題の解決を掲げて2021年11月に発足された「インパクト志向金融宣言」は、すでに80社が署名。同領域に投じられた資金の総額を指す「インパクト投資残高」は、2023年には前年度から倍増して約11.5兆円に達している。

この背景には、従来の投資が集まる先であった新たな市場開拓の余地が小さくなってきていること、少子高齢化や人口減少にともない、今後さまざまな社会課題が顕在化していくことから、社会課題は「ラストフロンティア」として捉えられはじめているのだと中村は語る。

中村「これまでのソーシャルビジネスの発展には、いくつか波があると思っています。2000年代頃に起こったのはNPOを中心としたムーブメント。2010年代に起こったのはいわゆる“ソーシャルベンチャー”が中心になって、社会課題の解決と事業性との両立をより強く図ったもの。そして、近年はインパクト・スタートアップへの注目。それに加え、社会に良いことをしよう、という世の中全体の機運も高まっていると思っています。

その背景にはSDGsなど以外にも『一生懸命働いて稼いできたけど、これって幸せなんだっけ』といった人々の疑問や、自分の存在価値や自己効力感を感じたいという感情がある。そうした疑問や感情を踏まえて、あらためてビジネスにできる役割は何かと考えたときに、以前から存在していたもっと根深い社会課題への注目が高まっているのだと理解しています」

こうした潮流を追い風に、資金や人などのリソースを集め、そして社会課題に取り組むプレイヤーへと分配していく。talikiはそうした「社会課題の解決を促進する」循環をデザインしているのだ。

エコシステム内の“共有知”から、プレイヤー全体の成功率を高めていく

先述した社会課題解決に取り組むプレイヤーに不足しがちなリソースの中でも、人やお金などに並んで、talikiが重要だと考えるものにエコシステム内で蓄積、共有される「ナレッジ」がある。

一般的に起業家のコミュニティでは、先人たちが試行錯誤する中で獲得してきた経験知や成功事例などがシェアされていく。talikiは、社会起業家という分野において、その伝承の役割を担っていこうと考えている。

というのも、これまで社会課題解決に取り組んできたのは、国や自治体、あるいはNPOといった非営利のプレイヤーが多い。それらと社会起業家とではアプローチや前提に大きな差異があるからだ。

中村「社会課題解決を掲げる事業において受益者(課題の当事者)となる方は、購買能力が高くない人だったり、いわゆる“マイノリティ”と呼ばれる母数の少ない方だったり、そもそも人ではなく自然や動物であったりと、お金が集めにくいケースが少なくない。それゆえ『儲からない/儲けるものではない』というのが前提になっていたり、先入観が強くなっていたりするんです。社会起業家にはそうした壁を超える、並外れた工夫と努力が求められます」

だが、それらは「ビジネスとして成立させる方法が存在しない」ということを意味しない。むしろ、先述したように、ビジネスにしかできない役割を突き詰めることで、新たな市場を切り開くこともあると語る。

中村「社会課題解決型のビジネスは成長余地が少ないと思われがちですが、時に大きなマーケットを開拓しスケーラブルな事業になるポテンシャルを秘めています。例えば、ある苦難を解決するために考えられたアプローチが、同じような苦しみ方をしている他の人々に対しても転用できたりする。それによって、従来はなかった方向に市場が拡張され、他社との大きな競合優位性を生むこともあります」

そう話す中村が例に挙げたのは、出資先のひとつである、デジタルアートとセンシングシステムを活用したリハビリ支援ツール「デジリハ」だ。重度障害のある子どもに、遊びを通じて楽しく心身を動かす体験を届けたいと2021年に開発されたサービスで、すでに全国約100カ所の病院や福祉施設、特別支援学校などに導入されている。

talikiは2021年に出資後、営業支援や組織づくりのサポートなどの支援も行ってきた。その後、複数のベンチャーキャピタルから注目を集め、2024年10月には新たな資金調達も実施。累計調達額は4.4億円にのぼる。

そんなデジリハも、創業期には投資家などのステークホルダーから理解を得ることには苦労したと振り返る。

中村「もともとデジリハは重度の障害を持つ子どもをユーザーに設定していたので、『それはNPOの領域ではないか?』と指摘されることも多かったんです。代表の岡さんも初めてお会いした時は悩んでいらっしゃったのですが、ご相談に乗りながら信じて投資することを決めまして。

その後、軌道に乗りはじめたのは、『ターゲットである国内の重度障害児の先には世界には24億人リハビリが必要な人がいる』という視座でグローバルな事業展開や資金調達を行ったからではないかと感じています。別の原因で近しい苦難に直面する人は世界中にいる。共通項を見いだし、マーケットの精度を高めた伝え方をしていくことで、多くの人から理解と評価を得られるようになったんです」

デジリハの事例のように、本来的にもたらしたいインパクトは何かを追求した結果、最初のターゲットと同じ苦しみを抱えている人が実は多いという事実に気づき市場を拡張するアプローチは、社会的インパクトを重視するスタートアップが得意とするパターンだと言う。そうした知見をtalikiは構造的に捉え、上手く社会起業家の中で還流させるよう尽力していきた。

2020年のファンド組成以降、talikiはすでに17の企業に出資してきた。投資を通じて同じ船に乗る関係性になりながらも、こうした成功事例や知見を共有しあい、プレイヤー全体の成功率を高めていく。そうした生態系をデザインするのが、ひとつのtalikiの役割とも言えるだろう。

talikiファンドのポートフォリオ一覧(2024年11月時点)。環境問題の観点からヴィーガン食品専門のネットスーパー・レシピ投稿サイトを運営する「ブイクック」など、社会的インパクトを志向するスタートアップが並ぶ 

投資と支援、その先にある「祈り」

とはいえ、この領域でビジネスを成立させるまでには、クリアせねばならないポイントが膨大に存在する。

まずは何より、表面的な課題の背後にある「構造」を徹底的に把握する必要がある。誰がどのように苦しんでいるのか、どこに倒すべき“センターピン”があるのか……。通常のビジネスであれば、時にアセットやナレッジは活かしつつ領域やターゲットを大きく変えて事業を展開できるが、 社会課題解決が目的となると、それが存在する領域自体から逃れることはできない。

また、動物や子ども、自然など受益者がお金を負担ができないケースでは、「代わりに誰がお金を払うか」といったマネタイズも一段とシビアになる。こうした難しさもあるなかで、talikiが行う「支援」とはいかなるものか。

中村「インキュベーション事業でもファンドでも、やはり最も重要なのは起業家が向き合う課題の本質がどこにあるかを研ぎ澄ませることです。talikiにとってのデザインとは何かを考えた時に、それは対外的な見せ方や効果的なマーケット選定といった手段レベルの話ではなく、とにかく起業家に『あなたが本質的に解決したい課題は何ですか?』と問いかけつづけることかもしれません。

私は面談でも、『あなたの会社が存在する世界は、存在しない世界とどう変わるの?』『今までのサービスでは解決できなかった課題が、なぜあなただと解決するの?』とひたすら聞いています。それを繰り返すなかでビジョンがアップデートされ、メッセージ一言一句の精度が高まり、ユーザーや投資家、一緒に働く仲間が集まってくるようになるんです」

しかし、ただでさえリソースが集まりづらく、結果が出るまでに長い時間軸を要する領域で、自分の“芯”を問われつづけるのは起業家にとって負荷が大きいことは想像に難くない。ゴールがわからないことに向き合いつづける「覚悟」が必要とも言えるだろう。

これはtalikiにとっても同様だ。もともとインキュベーションを主軸に置いていたtalikiは、シード期などのビジネスが確立されていない社会起業家を支援することが多い。そうした中での投資判断は容易ではないはずだ。

中村「私が重視するのは、起業家のインテンショナリティ(課題解決への志向度)です。その課題に執着がある人ほど、うまくいかない期間が長くても打席に立ちつづける回数が圧倒的に多い。そして、本質的な解決を蔑ろにしません。

うまく伸びなかったりマネタイズができなかったりすると『こっちのほうがウケがいいかな』と軸を変える人もたくさんいますし、そうやって器用に方向転換できる人の方が成功率が高い可能性すらあります。一方で、課題解決と自分の生活やパーソナリティ、アイデンティティが切り離せないレベルに至った人たちは、様々なハードシングスの中でも投げ出さずにやり切る覚悟がある。結果的にそういう人の方が、課題解決を共に目指す我々にとっては応援する意義があると感じます」

起業家が語る「理想像の社会像」へと到達するのは、もしかすると難しいかもしれない。それでもなお、「この起業家が見たい社会が実現しない世界になんて生きていたくない」という想いから投資を決断する。

「だから私の投資は、祈りに近いんです」と中村は言葉にする。

人々の“利己”と成果に向き合い、お金の巡り方を変えていく

『誰もが生まれてきてよかったと思う世界へ』。talikiの公式サイトの、最上段にはそんな言葉が掲げられている。

この言葉は、裏を返せば「生まれてよかった」「生きていてよかった」と思うことのできない人が、社会にまだまだいることを示している。むしろ今この瞬間にも「明日も生きなければいけないのか」と絶望する人が多くいる。「それはあまりに悲しいから」という中村の思いが、創業以前から続く、社会課題解決を志向する原点だ。

talikiの社名の由来は、「他力(本願)」。ひとりで社会課題に向き合うのではなく、解決しようとする人たちを増やし、他人の力を使って継続的に社会課題を解決する仕組みをつくりたい──こうした想いから大学生だった中村が始めたインキュベーション事業には、さまざまな才能が集まり、支援した社会起業家は300を超えた。

2017年の創業からおよそ7年。「社会課題を解決するには、そこに関わる人もお金もまだまだ足りない」と口にする中村は、創業時から向き合うべきテーマとして人々の“利己”的な心理や行動に働きかけることを挙げる。

中村「今後、リソースの絶対量を増やしていくには、利他的な行動だけではなく、利己的な行動も巻き込む必要があると思っています。

たとえば、ユーザーに対していかに『使ってみたい』と思える仕掛けや、『心地よかった』という体験を提供できるか。スタートアップでは一般的な考え方かもしれませんが、まずはユーザーにわかりやすく便益を提供した上で、それを社会課題への意識変化にどのように繋げていくか。そうした設計が、これからの起業家の大きな腕の見せどころだと考えています」

こうした“利己”に向き合う必然性は中村自身も同様だ。現在2号ファンドへの出資者も募っている、talikiファンドにおいても重要となる。すなわち、社会課題解決型のビジネスに資金を投じる投資家に対し、いかに金銭的リターンを提示していくかが問われているのだ。

中村「正直に言うと、『結果で見せるしかない』という現実をここ数年ではっきり感じてきました。もちろん私たちも、出資を募るにあたって社会課題を解決していく重要性や、ビジネスとしての面白さと可能性、今後の新しい市場の誕生など、さまざまな話を投資家の方々にします。でも結局、『talikiで投資したお金は今これぐらいになっている』という数字を見て、初めて『なるほど』と耳を傾けてもらえるようになる。

つまり、最終的にしっかり成果を出して、リターンを提示していくことでしか社会のお金の巡り方は変わっていかない。ビジネスによる成長だけがすべての手段ではないとも私自身は思っていますが、投資家から資金をお預かりする立場である以上、その責任には今後も真摯に向き合わなければなりません」

起業家が語る「理想の社会像」を信じて伴走し、共に理想を目指す仲間として同じ船に乗せてもらう。その延長線上にある、ひとりの人間として「祈り」を込めた投資は、同時に社会から「成果」を求められる。

「祈り」と「成果」の間で、新しいお金の巡り方を描く。「他力」という言葉を掲げる中村の奥底には、その朗らかな笑顔とは裏腹に、確かな覚悟が宿っていた。

Credit
執筆
佐々木将史

編集者。保育・幼児教育の出版社に10年勤め、'17に滋賀へ移住。保育・福祉をベースに、さまざまな領域での情報発信、広報、経営者の専属編集業などを行う。個人向けのインタビューサービス「このひより」の共同代表。関心のあるキーワードは、PR(Public Relations)、ストーリーテリング、家族。保育士で4児(双子×双子)の父。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

編集
石田哲大

ライター/編集者。国際基督教大学(ICU)卒、政治思想専攻。ITコンサルタント、農業用ロボットのPdM、建設DXのPjMを経て独立。関心領域は人文思想全般と、農業・建築・出版など。

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