「周縁」から生態系をデザインする。新しい本の「循環」を生み出すために──内沼晋太郎

「出版ど真ん中」ではない周縁的な仕事をし、生活拠点も長野と東京を往復している。だからこそ、出版業界全体を俯瞰して見られるのかもしれません。

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「本」に関わる仕事といえば、出版社や書店が思い浮かぶかもしれない。

しかし、ブック・コーディネーターの内沼晋太郎は、それだけではない少し変わったアプローチを取っている。

新刊書店の立ち上げに加え、読書用品ブランドのディレクター、書店を含めた商店街の運営……内沼はその多岐にわたる活動の軸を「本の循環を生み出す」と表現する。designingでは2024年にフォーカスするトピックの一つとして「生態系/システムのまなざし」を掲げているが、内沼の活動はまさに「本を取り巻く生態系のデザイン」として捉えられるだろう。

「書店“以外”に置く本をセレクトする」というあまり聞き馴染みのない仕事からそのキャリアをスタートさせた内沼は、2012年に東京・下北沢で新刊書店「本屋 B&B(Book&Beer)」を開業。「本を読みながらビールが飲める」というコンセプトと、「毎日トークイベントを開催すること」を打ち出し、書店界に革新をもたらした。

その後もさまざまな書店や出版社のアドバイザーなどを歴任。さらには長野県上田市を拠点に、古本の買取・販売を行うバリューブックスの取締役や、下北沢に生まれた新しい“まち”である「ボーナストラック」を運営する散歩社の代表取締役などを務めている。

内沼はいかにして、他に類を見ない活動を展開するに至ったのだろうか。そのキャリアを紐解きながら、「生態系」のデザインの要諦を探っていく。

浮かび上がってきたキーワードは「中心と周縁」だ。

「システム全体」にアプローチするという“役割”

書店によく足を運ぶ人の多くは、著者を招いたトークイベントを目にしたことがあるのではないだろうか。いまやそこまで珍しい光景ではない「書店イベント」だが、その光景を一般的なものにした立役者の一人が、内沼晋太郎その人である。

活躍の幅は広いが、その中心には「本」がある。一般に「本に携わる仕事」といえば、出版社や書店、あるいはその二者の間を結ぶ流通業を指す出版取次での仕事がイメージされるだろうが、内沼はそのいずれにも属さずにキャリアをスタートさせ、独自のポジションを築いてきた。

いかにして、「本の循環を生み出す」という特異なポジションに至ったのだろうか。

内沼「このポジションに立ちたかったというより、『役割』として今の仕事をやっている感覚が強いんです。本を循環させるためには、日々店頭に立ち、本を仕入れ、並べ、お客様と触れ合い、時にはトークイベントを企画したりするような書店員の方ももちろん必要。著者はもちろんのこと、出版社、取次、製紙、印刷、製本……あらゆる仕事が欠かせません。

ただ、一人の人間がそのすべてをまかなうのは無理がある。いまの分業の形がほぼ何十年も変わっていない中で、よりメタな視点を持ってこれからの本の流通の仕組みや、書店を増やすための枠組みを考えたり、書店を経営する方のサポートをしたりする人も必要であるはず。しかし、そういったことを仕事にしている人はほとんどいない。であれば、自分がやるべきなのではないかと思って、その役割を果たしているような感覚です」

俯瞰的に「本」や「書店」を捉え、その生態系をつくる——内沼が言うように、それを「仕事としている人が少ない」ということは事実だろう。しかし、さらに言えば「できる人が少ない」ということもまた事実なのではないだろうか。内沼がメタな視点を獲得し、「本の生態系」をデザインする役割を果たせている理由は、その独特なキャリアにあるのかもしれない。

本に興味を持ったのはいつからなのかと問うと「幼少期のことはあまり覚えていないが、中学生の頃には自分で本を買って読むようになっていた」。その後、一橋大学に進学した内沼は、大学生活を送る中で、よりたくさんの本に触れるようになる。

そんな中、内沼は「その後」を決定づける1冊との出会いを果たす。ノンフィクション作家・佐野眞一による『だれが「本」を殺すのか』(プレジデント社,2002)である。同書は、佐野が出版業界の川上から川下までを入念に取材・調査し、出版界の制度疲労と地殻変動を明らかにしたことで大きな話題を呼んだ。

「それまではただ単純に本が好きだった」という内沼は、この本に触れたことによって「出版」というシステム全体に興味を持つようになった。そして、「本をつくる」「本を売る」「本を買う」という個別具体的な営みよりも、それらのつながりやシステムそのもののアップデートに関心を寄せるようになったという。

以来、現在に至るまで、内沼は「本」と一定の「距離」を取り続けている。

内沼「もちろん、本は好きです。仕事との垣根が極めて曖昧ではあるのですが、もちろん個人的な楽しみのためにも、いつも本を読んでいます。

でも、単に『本が好き』という感情だけがこの仕事のモチベーションになっているかというと、そういうわけでもなくて。『本』というものを常に客観視しているといいますか、一定の距離を取っているような感覚も、一方にあります。大学時代に業界全体、あるいは出版システムそのものに興味を持って以来、『いち読者としての本に対する愛情』は必要に応じて脇に置かないと、メタな視点を保ちきれないといいますか。とはいえ著書を読んだ人からは『本への愛を感じる』というような感想をよくもらうので、結局は隠しきれずに出ちゃっているのかもしれないですが」

「周縁」にいたからこそ、俯瞰できる

大学卒業後の進路として選んだのは、出版業界で最大の見本市を開催している会社だった。しかし、その会社は2ヶ月で退職することになる。

その後、2003年に「book pick orchestra」を立ち上げ。インターネットで古本を売りながら、「本と人との出会い」をテーマにした活動を始める。2006年にその代表を辞したのち、書籍売り場やライブラリーのディレクション、選書などの仕事を請け負うようになり、徐々に「ブック・コーディネーター」という肩書や、NUMABOOKSという屋号を使うように。

ただし、この「ブック・コーディネーター」という言葉は造語であり、当然その仕事の内容も定まっていなかった。内沼のブック・コーディネーターとしての仕事は、アパレルショップやカフェなど、書店“以外”の場所に本の売場をつくったり、オフィス、集合住宅の共有スペースなどに本の閲覧スペースをつくったりすることから始まったという。それは出版業界の「中心」からはほど遠い——内沼の言葉を借りれば——「周縁的な仕事」だった。

内沼「ブック・コーディネーターとして、主に他の業界の仕事をする中で、さまざまな発見がありました。アパレルショップやカフェで本を売ることのメリットや難しさ、集合住宅の共有スペースで本に求められる役割、他の業界から見たときの出版業界の特殊性……そういった気付きを重ねるうちに、本が果たすべき役割や業界の問題点がだんだんと見えてきた感覚があったんですよね」

そうした気付きを発信するうちに、さまざまな仕事が舞い込むようになる。そうした流れの中で、冒頭でも触れた東京の下北沢に新刊書店「本屋B&B」を開業することに。さらには本をセレクトするだけではなく、書店のディレクションなども依頼されるようになり、現在に至るという。

内沼「率直に言って、自分で何かを選んできた感覚はあまりないんですよね。ただ頼まれたことに応えているうちに、誰も来たことのなかった場所に来てしまったというような感じです。過去を振り返って『あの仕事にはこんな意味があったのかもしれないな』と遡及的に意味づけを繰り返しているうちに、自分が果たすべき役割が見えてきたような気もします」

「マージナルマン」という言葉がある。「周辺人」「境界人」と訳されるこの言葉は「2つ以上の異なる集団に属し、いずれの集団からの影響を受けながらも、そのどちらにも完全には帰属していない人」を指す。歴史学者・鶴見太郎は、“マージナルマンは(中略)それぞれの社会を、それぞれの中心にいる人々とは異なる視点で眺める目を持つので、より客観的に、様々なことを吸収する傾向にあります。社会学者のロバート・パークは、マージナルマンの頭のなかにこそ、文明化や社会の進歩の過程の縮図があると指摘しています”と書いている(引用:東京大学 教養部報 第584号)。

内沼は「本に関わる仕事」を手がけながらも、出版業界の「中心」にはいなかった。「その他の業界」と「出版業界」という異なる集団間を行き来することによって、「マージナルマン」的な視点を手に入れた、とも言えるかもしれない。

そんな感想をぶつけると、内沼は自らの歩みを振り返りながら「そうかもしれない」と続けた。

内沼「ある集団の中心にいると、その集団を相対化して見る目線を忘れてしまうような気がするんです。僕はこれまで役割として、『出版ど真ん中』ではない周縁的な仕事をさせてもらってきたし、いまは複数の会社を経営していて、生活拠点も長野と東京を往復している。だからこそ、出版業界全体を俯瞰して見られて、『こことここの間の流れをよくすれば、困っている人が減るかもな』『他の業界と比べると、ここがおかしいよな』などと気付くことができるのかもしれません。

ですから、いまも意識的に出版業界の外にいる人たちと交流しています。そこで得た情報や知見をもとに『本に応用したら、どんなことができるだろう』と考える頭に、自然となっている感じがします」

外部環境が変われば、「生態系」も変わる

そうした「周縁」での活動を重ねてきた内沼の目から、現在の出版業界はどう見えているのだろうか。

先に触れた『だれが「本」を殺すのか』が出版されたのは、約20年前である。つまり、20年前にはすでに「本」の“死”が囁かれ始めていた。

それ以降も、本を含む「情報」を取り巻く環境は大きく変化した。さまざまなITサービスが発展し、それらが「ユーザーの可処分時間を奪い合っている」と言われている。

「可処分時間」に入り込むため、情報は細かく切り刻まれるようになった。TikTokや「YouTube ショート」など、短尺動画サービスの流行はその傾向を雄弁に語る。そんな流れの中、“摂取”するのに長い時間を要する本という媒体は、20年前にも増して危機的な状況に置かれているのではないだろうか。

内沼は、情報環境の変化を踏まえて「長い文章が読まれにくくなるのは当然のこと」とする。しかし、その状況を悲観的には捉えていないという。

内沼「悲観的になってもしょうがないんじゃないかなと思います。そもそも悲観的になるのは、既存のビジネスの方法を変化させたくないからなんですよね。出版業界の中にはと、『本が売れなくなったのは、読み手のレベルが下がったからだ』と考え、その“現状”を憂いている人もいます。でも、それは自分たちの仕事がうまくいかないことを、誰かのせいにしているだけではないでしょうか。

読み手のレベルが下がったのではなく、社会が変化しただけだ、とぼくは思います。たしかに結果的に、長文を読む体力、忍耐力のようなものを持っている人は減っているかもしれませんが、それは仕事においても娯楽においても、長文を読むことが必ずしも必要な世の中ではないからです。外部環境が変わっているのに従来のやり方を続けていれば、うまくいかなくなるのは仕方ないよなと。いまの社会を前提として『それでも長文でしか実現できない価値をどのように届けるか』か、あるいは『その価値をどのようにより短くて読みやすい文に工夫して届けるか』の、どちらかを考えるしかないし、どちらのアプローチもありですよね」

内沼は、著書『本の逆襲』(朝日出版社, 2013)の中で、「出版業界の未来は暗いけど、本の未来は明るい」と書いている。その考えの背景にあるのは、誰かが書いた「言葉」が持つ価値への信頼と、それを届けるための「本」という媒体の可能性だ。

内沼「『言葉』といっても『声』といってもいいんですが、それらを届ける媒体としての『本』の価値は、まったく落ちていないはずです。単にビジネスの構造がそのままだとうまく行かなくなっているだけで。これまでとは全く違う本の流通のさせ方があるはずだし、そもそも僕たちがいま『本』だと思っているものだけが、唯一の『本』のあり方ではないと思っています。これまでのやり方と、これまでの本のあり方だけに固執して『本が売れない』『本は死んだ』なんて、勝手に殺さないでくれって感じですよ。

ある場所の気候が変われば、そこに生える植物やそこに生きる動物たちを含めた生態系は変わりますよね。外部環境が変われば、生態系が変わる。社会が大きく変化している以上、『本の生態系』を豊かにするためのアプローチも変えなければならないのは当然のことです。外部環境が変わったことに対して悲観的になってもしょうがなくて、その変化に合わせたアプローチを取ることが求められているのだと捉えています」

模倣者を生み出すことで、「生態系」を豊かにする

2023年11月にYoutube上に開設した「本チャンネル」も、「本の生態系を豊かにするための新しいアプローチ」の一つだと言えるだろう。このチャンネルの中で内沼は、書店経営や本を用いた「場づくり」に関する視聴者からの質問に答える「質問箱」や、さまざまなゲストを招き、おすすめの一冊を語ってもらう「推しの一冊」などのシリーズを発信している。

その中の一つに、著者へのインタビューも交えながら、内沼が気になる一冊を紹介する「今日発売の気になる新刊」というシリーズがある。これは、「本を売るための新しい回路をつくるための取り組み」だという。

内沼「本を売るための王道的な手段として、『書店にたくさん積んでもらう』『影響力があるテレビ番組や書評に取り上げてもらう』『新聞に大きな広告を載せる』といったものがあります。けれど労力やお金もかかるうえに、それぞれの影響力は残念ながら相対的に落ちてきているので、大手以外はどんどん打つ手がなくなっている。だからなんとかしてSNSで話題にならないかを考えるんですが、SNSで影響力のある著者でない場合は、最初のきっかけづくりも難しいんですよね。

『今日発売の気になる新刊』は、そこに新しい回路を作りたいと思ってはじめた取り組みなんです。1ヶ月後に発売される新刊の情報を見て、出版社に連絡をしてゲラ(見本刷り)をもらう。それに目を通した上で、著者にインタビューのオファーをする、という進め方で配信をしています」

「まだまだ視聴者数は少ないが、重要なのは数ではない」と内沼は言う。その理由は、重心を「視聴者に本を買ってもらうこと」ではなく、「仲間を増やすこと」「模倣者を生み出すこと」に置いているからだ。

内沼「僕のチャンネルを見てくれている人には、書店員や出版社の方も多いんですよね。共感してくれる書店員さんが増えれば、その店でその本が置かれるようになる。そのことで出版社の人も、このチャンネルで取り上げられたいと思ってもらえるようになる。まずはそういう仲間づくりのつもりでやっています。

同時に、自分のようにゲラをもらって新刊を紹介することは、やる気になれば他の人にもできる。だから、僕のチャンネルを見た方々にもぜひトライしてもらいたいと思っているんです。動画で紹介され、SNSで少し話題になり、応援してくれる書店があらわれる、そういったことが起こり得る『本を売るための回路』が、細くともたくさん引かれるようになると、王道的に売られるマス向けの本だけでなく、多様な本が少しずつ売り伸ばせるようになる。すると、『本の生態系』はより豊かなものになると考えています」

「模倣者を生み出す」ことで、「生態系」を豊かにする。それは内沼にとって決して新しいアプローチではなく、これまでも重ねてきた営為だ。

内沼「約10年前、B&Bを開業したとき、『著者を招いたトークイベントを毎日やる』ことを掲げました。それまでもトークイベントを開催する書店はあったものの、『毎日やる』書店はなかったんです。そして、実際に毎日やり続けているうちに、それが収益にもつながることが証明できた。そうすると、毎日とはいかないまでも、積極的にトークイベントを開催する書店が増えていったんです。

それが結果的に『本を売るための回路』を新しくつくる経験になりました。いまや出版社や著者から見ても、『書店で出版記念イベントをやる』というのは、本を売る手段として、ひとつの選択肢になっていると思います。もちろん現場で売れる本の冊数はそれほど膨大なものにはなりませんが、イベント情報という形でSNSで多くの人の目に触れるし、後日トークの内容を記事化することもできる。何より、リアルで著者と読者が対面する機会っていうのは、やはり代えがたい力があるんですよね。何かしらそこが発火点になることがある。だから出版社も積極的にやるようになったと思います。

おこがましいかもしれませんが、B&Bが『トークイベント』という手段を広めていったように、次は『新刊紹介』という新しい回路をつくることができたらいいなと考えています。もちろんYouTubeに限らず、Xで本を売る人がいてもいいでしょうし、Podcastを活用する人がいてもいい。もちろん新刊でなくても全然よいというか、既刊が売り伸ばせることは本当にすばらしいことで、そこにはTikTokを中心に小説を売りまくっているけんごさんをはじめ、先駆者もたくさんいます。

けれど一方で、やはり新刊のタイミングは出版社も書店も力を入れやすいというのは事実としてあるので、そこで新刊を紹介する人もより多様化するといいと思うんですよね。まずは自分のチャンネル内で、自分以外にも聞き手を増やしていこうと思っています。まだまだ自分も試行錯誤で、これからどう変わるかはわかりませんが、いずれにせよ、多くの人に本を届けるための『新しいアプローチ』に挑む人が増えてくれるといいなと思っています」

こと「本」の販売においては、個人が持つ影響力は測り知れない。たとえば「登録者数5,000人」は、YouTubeチャンネルとしては規模がそこまで大きくないように思える。

しかし、「本を売るための新しい回路」として捉えた場合、その見え方は大きく異なる。「5,000円ほどの学術書であれば、2,000部ほど売れれば成功の部類」であり、5,000人がある学術書を紹介する配信を見て、もしそのうちの1割が購入に至れば、それだけでその本は「成功」といえる部数の1/4を売り切ることになるからだ。そこから書店に広がっていけば、2,000部という数も見えてくる。そういった意味において、内沼の取り組みは間違いなく「本の未来」を豊かにする可能性を持っている。

「部分」の理解から、システム「全体」へ

ただ、記事前半で内沼が語った話と照らし合わせると、一つの疑問も生じる。「その先」を見据えているとはいえ、「1冊の本を紹介する」という個別具体的なアプローチは、「本やその流通システムを俯瞰して見続ける」という内沼のスタンスからは、少しズレてはいないか?

「たしかに最近は、恐る恐るではあるけれど、『本そのもの』に近づいている感覚がある」と内沼。その接近の理由を問うと、こんな答えが返ってきた。

内沼「システムを構成する『部分』を理解しなければ、『全体』の解像度は上がらないなと思うようになったんです。これまで『本を売るための仕組み』に興味を持ってさまざまな仕事を手がける中で、俯瞰的にシステムを捉えることが重要だと感じるようになり、そこにこだわりを持っていました。そういった立ち位置にいたからこそできたことも、たくさんあると思います。だからこそ、自分も30代半ばくらいまでは、一冊一冊の『本そのもの』に携わることには抵抗がありました。

でも、やはり全体のことをしっかりと捉えるためにも、それぞれの現場のディテールが重要なんですよね。そう思うようになったのは、自分が著者になったことや、その後に出版社もはじめたことも大きかったかもしれません。実際に執筆したり、ブックデザイナーや印刷所とやり取りしたり、原価計算したり売れていく部数を見たりといった経験を繰り返すと、頭でわかったつもりになっていたことがいかに浅かったか、どんどん実感するんです。そしてその経験が、書店や本のある場所をつくるときにも、想像していた以上に実践の精度を高めてくれるんですよね。それぞれのディテールが接続することで、本当の構造的な課題が浮かび上がってくる。だからこそアイデアも生まれやすくなります。

そういった経験を経て、『部分』を理解するためには、自分でやってみるしかないんだと思うようになりました。YouTubeを始めたのも、そういった理由からですね。自分でやってみないことには、アイデアの精度は上がらないのではないかなと」

「本の生態系」を構成するのは、「作る」や「届ける」という行為だけではないだろう。「受け取る」という行為があって初めて、「本の生態系」というサイクルは回り出す。具体に対するコミットメントを強めるようになった内沼の目は、「受け取る側」にも向けられている。

内沼「今後は『本を読む人』の人口を増やすためのアプローチもしていきたいですね。本を読むのに最適な場所のこと、ひとりで読んだりみんなで読んだりする読み方のこと、一日の生活の中でどのように読むかという時間や習慣のことなど、やれることはまだまだたくさんあると思います。

最近考えているのは、読書が苦手な大人が、児童書を手に取るためのアプローチです。『本を読みたいけど、苦手だ』と言う人も、なぜか『大人用の』入門書にしか戻らないんですよね。英語が苦手で、徹底的に基礎からやりたいと思ったら、いつでも中1の『This is a pen.』に戻れます。同じように、読書が苦手なら0,1,2歳向けの赤ちゃん絵本にまで戻ったっていい。そこまで戻るのは極端としても、小学生向けなら読めるかなとか、中学生向けはまだちょっと疲れるなとか、そういうふうに読書に再入門してもよいと思うのですが、そう考える人はまだあまり多くないと思うんですよね。

もちろん子どもたちを最優先に考えられるべき世界ですし、そのうえで、児童書にしかない奥深さや広がりを静かに楽しむ大人のファンも既に多いところではあるのですが、そこにもうひとつ、子ども時代にうまく本に触れられなかった大人たちが再度通り直す道として児童書を捉えるアプローチが加わってもよいと思うんです。なにより、豊かな本の生態系を未来の子どもたちに繋いでいくことが一番大切なことだと考えているので、そういった意味でも、多くの大人が児童書に触れて理解することや、児童書出版の持続可能性を高めることは重要です。

今すぐはできないかもしれませんが、いずれYoutubeでやるのか、もしくは店をつくるとか、何かやりたいと思っています。とにかく、『本を読むこと』のハードルを下げ、より多くの人に本の世界に入るための入り口をつくっていきたいですね」

「生態系」に起点はない。現在、その起点のように思われる「本の書き手」でさえ、かつての「読み手」だったはず。つまり、現在の「読み手」を増やすということは、未来の「書き手」を増やすことにつながるのだ。

「世界をより良くするための言葉」を循環させる

ここまで「本」を取り巻く生態系に対する内沼のアプローチをさまざまに聞いてきた。しかし、その大前提にある「なぜ、本なのか」という素朴な疑問も湧き、この問いを内沼にぶつけてみると、こんな答えが返ってきた。

内沼「僕は『人間の世界は言葉でできている』と捉えています。日常生活の中で誰かを傷つけてしまうのも、喜ばせるのも言葉だし、仕事として商品のコンセプトをつくるにしても建築を設計するにしても、まずは言葉を使って考えますよね。そして、たとえば戦争のようなとても大きな問題の根底にも、政治や経済を動かす人たちの言葉があると考えています。本来、地球は人間以外のものも含めて成立していますが、人間の言葉がつくったあらゆるものが、環境を破壊してきてしまった。それを取り戻すために人間ができることも、言葉によって考えられ、伝わっていきます。

そう考えたときに、本はもっとも吟味された言葉が伝わる、世界をよりよくするために大切な道具だと考えています。口から出る言葉は、基本的にはほとんどフィルターがかかっていない状態で世の中に放たれますよね。もちろん、人や時と場合によっては『この言葉を言ってもいいのだろうか』と熟考の末に放たれる言葉もありますが、いずれにせよ話者のみの判断によって放たれるという意味で、『一つのフィルター』しか通っていません。一方、本に書かれている言葉は、かなりの時間をかけて、さまざまなフィルターを通過した上で世に出ます。さまざまな経験や知見、歴史や研究を背景に、著者自身も何度も推敲を重ねて書きますし、それを編集者や校正者などさまざまな人が繰り返し吟味し、出来上がったそれぞれの本を置くべきかどうかを書店が吟味して、そのうえで店頭の読書の手元に届くわけです。

なお、SNSに書かれる言葉は、その中間にあると捉えています。口から出るように気軽に放たれたものも、本に書くように吟味されたものも、渾然一体となっているのがSNSの特徴です。だからこそ炎上も生まれやすい。炎上している投稿は、口から出た言葉のように書かれたものが多いと思いませんか。口から出るように書かれたものが、本を読むように読まれてしまうことで、対立が起こりやすいという構造があると思っています。

もちろん、本に書いてあることがすべて誠実であるとは到底言えません。ひどい本もたくさんあります。それでも、吟味されずに飛び出た言葉よりは、総体としてはマシだといえます。そうして書かれた言葉が読まれ、それがひとりひとりの口から出る言葉になっていき、会話を交わし、そこで積み重なった言葉が、また本になっていく。その繰り返しで世界ができていくと考えると、世界を少しでもよい方向に進めるためには、本が作られて読まれる、その生態系をより豊かにして次の世代につないでいくことが重要だと考えて、それを仕事にしているつもりです」

「たくさんの時間をかけて生み出された言葉」。それこそが世界をよりよくすると信じているからこそ、内沼はそれを届けるための媒体としての「本」にこだわるのだ。その営みは、未来への祈りでもあるように思えた。

内沼「未来を担う子どもたちにも、たくさんの本を読んでもらいたい。誰かがたくさんの時間をかけて吟味した言葉を、たくさんの時間をかけて読むことで、何かを考える。そうして考えたことを誰かに話し、考えを深める。そして、考えたことをたくさんの時間をかけて書いてみる。そういった循環が中心にあってこその、『本の生態系』だと思っています。いまのいわゆる出版業界の仕組みをそのままに、その市場原理だけに任せていると、より効率的にマーケットが求める本だけが作られていき、多様性が失われていきそうだという危機感があります。

森も育つがままに放置していると荒れて多様性が失われますよね。次の世代につなぐ本の世界が、それでよいのだろうかということです。目先の利益のことだけではなく、里山を守っていくように、良い循環を生み出しながら続けていける形をつくりたい。そのための仕事に、これからも取り組んでいきたいですね」

Credit
執筆
鷲尾諒太郎

1990年、富山県生まれ。ライター/編集者。早稲田大学文化構想学部卒業後、リクルートジョブズ、LocoPartnersを経て独立。『FastGrow』 『designing』『CULTIBASE』などで執筆。『うにくえ』編集パートナー。バスケとコーヒーが好きで、立ち飲み屋とスナックと与太話とクダを巻く人に目がありません。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

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