机上に、宙を抱える — TENSEGRITYLAB.

このオブジェは、構造模型でもあり、空間装置でもあり、そして思想の入口でもあった。

WHY THIS MATTER?

建築・編集の視点を土台に、国内外のさまざまなプロダクトを見渡し独自の視点・美意識のもとセレクトする岡田 和路による連載『WHY THIS MATTER?』——氏の愛用品からモノの物語を紡いでもらう。

岡田 和路|Kazuyuki Okada
CXディレクター&編集者。建築学を土台に「作り手と使い手の架け橋」を探求。メディアで言葉を編む技術を培い、大手メーカーでは世界市場に向けたブランド戦略を担う。事業とクリエイティブを接続する視点を体得し、現在はIT企業にてデータを起点としたCXディレクションで企業の事業成長を支援する。

モノを選ぶことは、自らの生活を編集することだ。 椅子一脚、アプリのアイコンひとつ──小さな決断が私たちの日常のレイアウトを静かに書き換えている。WHY THIS MATTER? は、選択の裏側に宿る思想を解剖し、つくり手の哲学をユーザーの感覚と言葉へ翻訳する試みだ。味覚、触感、重量感といった五感のシグナルを入り口に、素材や工程、そしてブランドストーリーを掘り下げることで、衣食住を横断する「価値の構造」を可視化する。読者には暮らしを編集するヒントを、企業には次のプロダクトやブランドシナリオを描くための手掛かりを届けたい。

緊張と弛緩のあいだに

仕事の合間、ふと手が伸びるオブジェがある。金属製の棒とワイヤーだけで構成され、互いに触れ合わないまま空中に保たれている。指先で軽く押すと、全体がわずかに揺れて、また元の位置に戻る。

『TENSEGRITYLAB.(テンセグリティラボ)』のオブジェだ。 バックミンスター・フラーが提唱した構造概念「テンセグリティ」を、ハンドメイドで日常空間に翻訳するプロジェクトである。

私はこれを、机の上に置いている。 PCに向かい続けて思考が固まってくるとき、視線をふと外したところに、このオブジェがある。 触れる。揺れる。それを眺める数秒間で、頭の中の何かが、ゆるやかに解ける。

素材で変わる、構造の表情

私の手元には、3つのモデルがある。最初に手にした初期モデルは、張力材に「テグス」が使われていた。 黒いワイヤーは、構造の原理そのものを純粋に可視化する。棒だけが宙に浮いているように見え、力の流れだけが空間に立ち現れる。

その後、張力材を「スチールワイヤー」に変えたモデルが発表された。 金属の細い線が放つ硬質な印象は、テグスとは別種の佇まいを生み出す。同じ構造でありながら、素材ひとつで、オブジェ全体の空気が変わる。

この変化に、私はTENSEGRITYLAB.というプロジェクトの誠実さを感じる。 難解な構造概念を「美しい形」で完結させず、素材を変え、スケールを変え、構造の見え方そのものを問い直し続けている。

左:12 struts model/中:3 struts model/右:6 struts model

移動を厭わない、軽さ

私は定期的に、部屋のしつらえをアップデートする。 その中でも、このオブジェは最も移動回数が多い。

理由はその軽さにある。 必要最小限の材で、最大限の空間を立ち上げる。これがテンセグリティの構造的な本質であり、結果として、このオブジェは片手で持ち上げて別の場所に置き直すことができる。

机の上、本棚の一角、窓辺。 季節や気分によって、オブジェの居場所が変わる。 その変化のたびに、置かれた場所の空気が、わずかに編集されていくのだ。

軽いということは、空間との関係が固定されないということ。 重い家具にはない、この身軽さに、私は救われている。

スケールを越えて、日常へ

建築を学んだ私にとって、このオブジェには別の意味もある。テンセグリティは本来、巨大なスケールでこそ体感する構造だ。 ケネス・スネルソンの彫刻も、フラーが構想したジオデシック・ドームも、人間の身体を超えるサイズで初めて、その真価が立ち上がる。

それを、机の上に置けるサイズで日常に持ち込む。 これは「縮小」ではなく、ひとつの「翻訳」だと感じている。
身体スケールでしか感じられないはずの構造原理が、指先で触れる距離にやってくる。 触れて、揺れて、また均衡に戻る。 この往復が、私の空間認識を毎日少しずつだが更新してくれている。

もし店舗やオフィスにディスプレイするのなら、より大きなモデルを選びたい。 空間にひとつ大きなテンセグリティを置く体験は、まるで「建築を一点、置く」ような感覚に近づくはずだ。

思想の入口としての、構造

この春、私は働きながらデザイン領域の大学院に通い始めた。最初期の授業のひとつで、ある先生がテンセグリティモデルを取り出した。 そして、ギリシャ哲学の「Doxa(ドクサ)」について、世界を内側から、不完全な接点から感じ取る在り方との類似性を語り始めた。

互いに直接触れ合わず、しかし張力によって全体で均衡する。 一つひとつは独立しているのに、それぞれが影響を与え合いながら、ひとつの秩序を作り上げる。
それは、世界を絶対的な外側から眺める「Episteme(エピステーメー)」とは異なる、もう一つの世界の捉え方なのだという。

私が机の上に置いていたこのオブジェは、構造模型でもあり、空間装置でもあり、そして思想の入口でもあった。 まだまだ、このオブジェから学ぶことがあるのだろう。 「手元にある」ということが、これほど豊かであることに、私はようやく気づき始めている。

Credit
執筆
岡田和路

CXディレクター&編集者
建築学を土台に、「作り手と使い手」の間に横たわる溝を思考の出発点とする。メディアの編集者として言葉を編み、大手メーカーでは事業開発からグローバル規模でのブランド戦略までを横断。リサーチ組織のメディア立ち上げや、事業構想をブランドの物語として紡ぐプロジェクトを通じ、スケールの異なる「価値の翻訳」を実践してきた。現在はIT企業にて、データを起点としたCXディレクションに従事。デジタルとリアル、戦略と実行を往復しながら、新たな体験価値を創造し続けている。

撮影
室岡 小百合

1998年生まれ / SIGNO所属

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