地域に根ざす、インタウンデザイナーの現在地。「鯖江だから」を超えて──TSUGI 新山直広

僕らでさえ、この街のものづくり千年の歴史からすれば、霞のような13年をやらせてもらってきただけなんです。たまたまこの時代に、この仕事で食わせてもらっている。

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「そもそもみんな、デザイナーのことが嫌いだったんですよ」

補助金で一気に商品をつくっては、売れずに終わる。なのに、賞だけ取って偉そうにしている──福井県鯖江市の職人たちのあいだには、デザイナーをめぐるそんな苦い記憶が残っていた。

そう語るのは、鯖江の地域特化型クリエイティブカンパニー・TSUGI代表、新山直広。新山が鯖江に移住したのは2009年、いまから17年前のこと。以来、商品開発から売り場づくり、産業観光、市の計画策定まで、鯖江の街で「デザイナー」としてさまざまな実践を続けてきた人物だ。地域に根ざすその働き方は「インタウンデザイナー」と呼ばれ、2023年には経済産業省が公表したガイドの表題にもなった。

鯖江ではいま、ふたつの風景が同居している。2018年、地元メーカー・福井めがね工業を傘下に収めたのは、フレームから小売までを手がける世界最大のアイウェア企業・ルックスオティカ。同年エシロールと経営統合し、レンズまでを含む垂直統合を完成させた(現エシロールルックスオティカ)。2021年には研究開発センターを併設した製造拠点の稼働を開始。そのほか、国内資本による「産地の工場の買収」も続いている。一方で、半径10kmほどの圏内に眼鏡・漆器・和紙といった小さな工房がひしめき、ひとつの製品がいくつもの会社の手を順に渡って仕上げられていく風景も、かつてと変わらずある。

こうした地域の変化を目の当たりにしながら、新山がいま口にするのは、華やかな成功譚ではない。職人と工場が減り、ものづくりの土台そのものが細っていく現実だ。

「つくれなくなる時代」に、インタウンデザイナーとして何ができるのか。試行錯誤を続ける新山を、鯖江に訪ねた。

新山直広 / TSUGI代表・クリエイティブディレクター|1985年大阪府生まれ。京都精華大学デザイン学科建築分野卒業。2009年福井県鯖江市に移住。鯖江市役所を経て2015年にTSUGI LLC.を設立。インタウンデザイナーの提唱者として、産業観光イベント「RENEW」、福井の産品店「SAVA!STORE」、工芸宿「SUKU」の運営など、地域/産業/観光といった領域を横断しながら、これからの時代に向けた創造的な地域づくりを行っている。2022年に越前鯖江地域の観光まちづくりを行う「一般社団法人SOE」を設立。2023年には仲間たちと、これからの地域とデザインを探究する「LIVE DESIGN School」を開校するなど、ものづくり・まちづくり・ひとづくりといった領域で活動している。グッドデザイン特別賞、国土交通省地域づくり表彰最高賞など受賞多数。2026年度グッドデザイン・ニューホープ賞審査員。

市役所でMacBookを買ってもらうところから──「インタウンデザイナー」として歩んだ17年

取材班が訪れたのは、越前漆器の工房が連なる鯖江市河和田地区。TSUGIの事務所は、その一角にある。

TSUGIの事務所は、業務用の角物漆器(膳や重箱)を手がける「錦古里(きんこり)漆器店」と同じ建物の一角にある。2019年、TSUGIの事務所を改装するかたちで、福井の地域産品を集めるSAVA!STOREが生まれた。デザイン会社と地域産品店、漆器工房が、同じ屋根の下でものをつくっている。

新山がこの地へ移住したのは、2009年のことだ。建築を専攻した学生時代、横浜国立大学大学院Y-GSAの「建築をつくることは未来をつくることである」という言葉に心を動かされ、関心は建てることより「いまあるものをどう生かすか」へ向かっていた。

転機は、学生時代に参加した「河和田アートキャンプ」*1 だった。総合プロデューサーの片木孝治に「地域プロデュースの会社を立ち上げるから、スタッフに入らないか」と誘われ、卒業とともに河和田へ移住。片木が設立した応用芸術研究所に入社した。

*1 河和田アートキャンプ

県内外の学生達を、河和田地区(うるしの里)に受け入れ、学生のもつ知性・感性・創造性を有効活用しながら、河和田地区内の豊かな地域資源である地場産業や自然環境を活用したアート的事業を展開することで、河和田地区の活性化を図ることを目的とした取り組み。2004年の福井豪雨をきっかけとして始まったこの事業は、当初は災害復興支援を中心としたアートプログラムだったが、年を経るごとにその様相を変え、現在では地域の振興、交流と「絆」を主題に置いた事業へと活動の幅を広げている(鯖江市公式サイトより引用)

もっとも、移住後の日々は順風満帆とは言いがたいものだったと新山は振り返る。

新山「意気揚々と移住したはいいものの、蓋を開けたら、自分は何の仕事もできないやつでした。同級生が東京で『担当物件が竣工しました』と言ってるのを脇目に、劣等感というか、悔しさや怒りがすごくあったなと思います。

そんななかで頑張れたのは、2年ほど漆器の調査の仕事をさせてもらったからなんです。1年目は工房を100軒ぐらい回って、『景気どうですか』と聞くと、みんな『もうオワコンだよ』みたいな感じで。2年目は東京や大阪の百貨店を回ったんですが、漆器なんて全然置いていない。めっちゃ悔しいし、悲しいし、自分もイケてないし…それでも僕は、人前で『まちづくりがしたい!』なんて言ってたんですよね。

あるとき、職人さんに言われてガツンと来たのが、『お前、まちづくりとか言ってるけど、この街はものづくりの街やぞ。ものづくりが元気にならんと、まちも元気にならんやろ』と。確かにそうだと思って。じゃあ自分に何ができるかと考えた結果、『デザインかもしれない』と直感したんです」

2012年からは、当時の市長・牧野百男に誘われ、鯖江市役所の臨時職員に。配属先の商工政策課にデザインの専門職はなかったが、「とりあえずMacBookとAdobeのライセンスを買ってもらいました」と、独学のキャリアが始まった。

2013年には「創造的な産地をつくる」を掲げ、移住仲間とTSUGIを結成。2019年には事務所の1階に、福井の産品を売る直営店「SAVA!STORE」をオープンした。つくって、売るところまでを引き受けるデザイン会社になる──新山がTSUGIの結成以来、大切にする考えを体現した取り組みである。

SAVA!STOREは、デザインとストーリーが優れた福井のグッドプロダクトが揃う地域産品ショップ。TSUGIの「クリエイティブの力で、地域とともに前向きな変化を社会へと広げる」という想いを形にするべく、産地の魅力的な作り手のアイテム販売や、自社での商品開発を通して、産地の可能性を最大限に伝えていくという強い意志のもとスタートした事業である。写真はTSUGIの事務所1階に構える本店の店内(引用:SAVA!STORE 公式サイト

TSUGIの法人化と同じ2015年には、地元眼鏡メーカー・谷口眼鏡の谷口康彦ら地域の事業者たちと、産業観光イベント「RENEW」*2 を立ち上げた。初回21社・のべ約1,200人だった規模は、2025年には過去最多の122社・のべ約5万5,000人へ。工房併設のショップも、この10年で40店舗以上生まれた。

*2 RENEW

福井県の越前鯖江エリアで毎年秋に開催する、国内最大規模のオープンファクトリーイベント。漆器・和紙・打刃物・箪笥・焼物・眼鏡・繊維の7産地の工房や企業がひらかれる。参加者は工房見学やワークショップ、ガイドツアーなどを通して、現場ならではの空気や、ものづくりの背景に触れられる。
鯖江市・越前市・越前町がある越前鯖江は、越前漆器・越前和紙・越前打刃物・越前箪笥・越前焼といった伝統工芸に加え、眼鏡・繊維などの7つの地場産業が半径10km圏内に集まる、世界でも有数のものづくりのまちである。(RENEW 2026公式サイトより引用)

12回目の開催となる「RENEW/2026」は、昨年に続き100社以上が参加予定。そのほかローカルフード、トークイベントをはじめ、専用車とガイドで巡る「RENEW オフィシャルツアー」、全国各地のローカルプレーヤーが集う「まち/ひと/しごと -Localism Expo Fukui-」など、今年も多彩なコンテンツを実施予定だという(引用:https://renew-fukui.com/about/

2022年には、産業観光を通年の事業として一般社団法人SOEを設立し、副理事として参画。同年刊行の編著書『おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる:地域×デザインの実践』の全国キャラバンを経て、2023年には地域のデザイナーが学び合うスクール「LIVE DESIGN School」を仲間たちとスタートさせた。

『おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる 地域×デザインの実践』新山直広・坂本大祐 編著 | 学芸出版社
https://book.gakugei-pub.co.jp/gakugei-book/9784761528102/
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「住んでいないと見過ごされてしまいそうなものに、ちゃんと眼差しを与えて、価値化する」。そのあり方を、新山はインハウスデザイナーになぞらえて「インタウンデザイナー」と名付けた。この言葉は2023年、経済産業省のガイド『デザインがわかる、地域がかわる インタウンデザイナー活用ガイド』の表題にも採用されている。

「つくれなくなる時代」に、インタウンデザイナーは何ができるか

商品をつくり、店を開き、イベントを育て、いまでは学校や行政とも関わりを持つ。新山は約17年の時間をかけて、鯖江の地で着実に活躍の幅を広げてきた。その確かな手応えを口にする一方で、いま頭を離れないのは、ある危機感だという。

新山「いま一番の課題意識は、『つくれなくなる時代』に僕らは何ができるか、ということです。単純に、ものがつくれない。それくらい産地がシュリンクしているんです」

繁栄しているように見える産地が、なぜ「つくれなくなる」のか。象徴的なのが、基幹産業である眼鏡づくりだ。

国産眼鏡フレームの9割超(2022年出荷額ベースで93.5%)は、鯖江市を中心とする福井県で生産されている。プレス、研磨、メッキ──産地を支えてきたのは、工程ごとに多くの会社が連なる徹底した分業制だ。だが、その構造がいま、足元から揺らいでいるという。

新山「眼鏡産業ではいま『大M&A時代』が始まっています。エシロールルックスオティカの進出もそうですが、国内外の資本による地域企業や工場の買収が続いている。

一方で、担い手となる人の数は減っています。それらが重なってどこかの工程が細ると、眼鏡が仕上がるまでの時間がどんどん延びていきますよね。実際、かつて4ヶ月ほどだったものが、一時は1年2ヶ月まで延びたと言われています。

納期が読めなければ、小売店は商品が入ってこず、売上の目処が立たない。それを回避するために、小売店を運営する企業が工場ごと買収して、自社の生産ラインを確保しようとする動きも増えています。

囲い込まれた工場は、他社の注文を受けられなくなる。そうなると、眼鏡づくりを頼める先がさらに減っていく。結果として、地域産業全体としては縮退していく──そんなことがいま、目の前で起きているんです。

『買収合戦』には、デザイナーの自分はまったく関与できない。じゃあ、どうするのか。もどかしさや悔しさも、すごく感じています」

この逼迫は統計にも表れている。福井財務事務所が2025年1月に公表した調査(県内41社へのヒアリング)では、適正なリードタイムを「6ヶ月以内」とする企業が9割近くに上る一方、実際に6ヶ月以内で製造できている企業は15%に満たなかった。

TSUGIの13年は、「つくるだけ」だった産地に、見せる場や売る手立てをひとつずつ足してきた時間だったとも言える。だが、ものがつくれなければ、その仕事は成り立たない。つくれることを前提に積み上げてきた足場が、いま揺らいでいる。

新山「僕が移住する前、この街には『つくればつくるだけ売れた時代』があった。それが飽和して、つくるだけではダメだからと、移住後は『つくるだけの街』から『つくって売る街』へ転換できるように、自分も力を尽くしてきました。でも、その先に待っていたのは、『つくれなくなる時代』の気配だったんです。

この現実に対して、自分に何ができるのか。色々と試行錯誤はしていますが、正直、まだ全然答えは見つかっていません」

それでも、何を仕掛けるにせよ、土台になるものは移住以来変わっていないと新山は考えている。「時間をかけて、地元からの信頼を積み重ねる」。この地道な方法は、かつてこの街でデザイナーが信頼される存在ではなかった歴史と深く関係している。

新山「デザイナーが『先生』っぽい時代が、この地域では長くあったと思うんです。だから僕は、移住してきた当初から『真逆』のやり方を選びました。『アホやけどコミュ力の高い若者』という立ち位置から、職人さんたちの信頼を獲得していった。そうすると『お前にこんなん見せても価値ないと思うけどな』と言って、新しい何かにつながるような、すごいものが出てくることが結構あるんです」

その象徴が、越前和紙の老舗・五十嵐製紙から2020年に生まれたブランド「Food Paper」だ。廃棄されるはずの野菜や果物から紙をつくる。TSUGIがブランディングを手がけたこのプロダクトの出発点は、企画書でも市場調査でもなかった。

新山「職人さんとのやりとりのなかで、息子さんが夏休みの自由研究で、食べられるものから紙をつくる研究をしているというレポートが出てきたんです。見た瞬間、ここに天才がいた、と思いました。その場で『これ、商品化しましょう』と。いやあ、震えましたね」

Food Paperのアイデアの源泉は、五十嵐家の次男が、食べ物から紙をつくる研究を小学4年生から5年間続けていることでした。「紙漉き実験」と書かれた分厚いファイルの中には、食べ物からできた紙がズラリと。畑で採れる野菜をはじめ、お父さんのおつまみのピーナッツまで。葡萄の紙はとても美しく、生姜で作った紙は4年経っても生姜の匂いがするのです。息子の研究成果を伝統工芸士でもある母が受け継ぎ、紙を漉く。和紙一家だからこそできたブランドがFood Paperなのです。(文および画像:「Food Paper」公式サイトより引用)

「ヒアリングというより、お互いの心のパンツをどう脱ぐかだ」と新山は笑う。信頼のなかでしか出てこないものを見つけ、眼差しを与え、かたちにする。それこそが「インタウンデザイナー」が担うべき役割のひとつではないか──その想いを抱きながら、新山は地元の人たちとの関係性を何より大切に歩み続けてきた。

「鯖江だからできる」を超えて

ただ、立ち止まって考えたいことがある。信頼を積めば、工房の奥から「すごいもの」が出て──この方法は、半径10km圏内に7つの地場産業が集まり、歩いて訪ねられる距離に工房と職人がいくらでもいる、鯖江の土壌があってこそ成立したのではないか。

ものづくりの集積がない土地では、眼差しを向ける相手も、信頼を積む相手も、そもそも見つからない。だとすれば「インタウンデザイナー」は、鯖江の外でも成り立つ職能なのか。

この疑念を誰より重く受け止めているのは、新山自身である。

新山「『インタウンデザイナーって結局、鯖江だからできるんでしょ』と言われるんです。これが悩みで、ちょっとコンプレックスになりつつある。

でも、たしかに一理あると思っています。これだけの数のものづくり企業があって、うちにはいまデザイナーだけで10人を超えるチームがある。鯖江に特別な魅力があって、そのおかげなのは事実なんですよ。

だからこそ、製造業のない街でもインタウンデザイナーが成立するのかは、考え続けたいことのひとつなんです」

その問いを考えるうえで、手がかりになる事例がすでにひとつある。TSUGIの元スタッフ・室井泉海が独立した、群馬県館林市での取り組みだ。

新山「彼いわく、館林は『ヤンキーの街』らしくて。秀逸だったのは、『ヤンキー心』を逆手に取ったプロジェクトを始めたこと。『多々良中、今ならお前たちをぶっ倒せる。』という煽り文句で、正月の帰省時期に同級生を集めて、サッカーのOB戦をやる。マルシェも立って、新しい同窓会のかたちとしてやったら、これが2025年度グッドデザイン賞も受賞したんですね。

僕では絶対にやらなかったし、できなかった。ああいうふうに、その土地の気質を面白がって挑戦できるデザイナーが各地から出てくると、地方におけるデザインの未来に期待が持てるんじゃないかと。自分にとってはすごく前向きな気持ちにさせてくれる、いいプロジェクトだったと思っています」

だが、この成功例は個人のひらめきやスキルに頼っている部分が少なくない。属人的な成功を、各地域のデザイナーが活かせる「仕組み」に変えられないか──そう考えた新山が次の一手を仕掛けようとしているのが、リードデザイナーを務める「LIVE DESIGN School」だ。

新山「地域で活動するデザイナーの課題は、大きく4つあると思っています。彼らの多くは、成果が出るまでの時間を待てない。稼ぎ方がわからない。優しすぎて、腹黒さがない。そして単純に、デザインの力が乏しい。これら4つをすべて克服しないと、おそらく地域に根ざした成功はできないんです。

だから、LIVE DESIGN Schoolの次の期では『インタウンデザイナーゼミ』をやろうと思っていて。お金まわりや仕事の取り方、変にブラックボックスになっている見積書のつくり方まで、すべて公開するつもりです」

なかでも「待てなさ」は、制度の側が生む構造的な壁でもある。たとえば地域おこし協力隊の任期は3年。その期限について、新山はこう言葉を継ぐ。

新山「よくみんなに言うのは『焦るなよ』と。3年で結果を出すのは相当難しいと思う。僕は6年、本当の意味で結果が出たと思えるまでには8年かかりました。街にちゃんと認めてもらうことと、デザイナーとして生計を立てること。その両方には、それだけの時間がかかるんです」

政治家にならずして、街を変える

インタウンデザイナーを、鯖江の外へ。自分ではない誰かへ。新山がそう考えはじめたことで、TSUGIの方針も確かに変わりつつある。

新山「最近は、都市部のデザイナーを積極的に福井へ呼んでいます。というのも、いま年間40件ほど仕事を断っていて、下手をしたら僕らのせいで、福井の産業の可能性を削ってしまいかねない。東京なら1業種1社が当たり前のところを、僕らは眼鏡会社5社を同時に担当していたりもします。それだけデザイン事務所がない街だからですが、僕らだけでは限界があるんです」

その変化がもっともよく表れているのが、福井の伝統工芸を現代の暮らしに合わせてアップデートする県の商品開発事業「F-TRAD」だ。2022年に始まり、ことしで5年目を迎えるこのプロジェクトで、TSUGIは全体のディレクションと運営を担っている。一方で、商品の意匠そのものは県外から招いたデザイナーに委ねているという。新山は「職人とデザイナーの『間』に入ること」とTSUGIの役割を表現する。

新山「福井のなかにいる職人と、外から来るクリエイターの間に入って、翻訳したり、ときには仲裁者になったりする。『デザインメディエーター』と自分で呼んでいる役割を、最近は特に意識的にやるようになりました。

職人さんの言葉を代弁しながら、デザイナーには『そこまで仕様を詰めすぎない方がいい、高くなって売れなくなるから』と伝える。僕らしか知らない、『この地域で仕事をするときの前提』を全部共有することで、進行が速くなるんです。デザインの会社なのに、デザインをせずに、ずっと間に入っているわけです(笑)」

ロゴやプロダクトをつくる、その手前にある調整と翻訳。それ自体をひとつの職能として引き受ける。

背景には、行政主導の商品開発が繰り返してきた失敗への、静かな怒りもある。著名タレントを起用しながらも短期で終了した官製のコラボ企画を目の当たりにし、「ちゃんと売るところまでやる商品開発を」と自ら間に入ったのが、この事業の始まりだった。

こうした職能の拡張は、行政の内側にも及ぶ。かつて市役所の臨時職員として、MacBookを買ってもらうところからキャリアを始めた新山はいま、鯖江市の政策づくりの上流にいる。

新山「『政治家にならずして、どれだけデザインで街を変えられるか』は、結構意識しています。こういう活動をしていると『いつ出馬ですか』と聞かれるんですが、絶対に出たくない(笑)。というより、僕の怒りポイントは『いつから街のことは、政治家がやらないといけなくなったんだ』ということなんです。街は、みんなのものじゃないですか。鯖江には『市民主役条例』*3 という、自分たちの街は自分たちでつくることを大前提にした条例まであるんですから」

*3 鯖江市民主役条例

2010年に制定された「自分たちのまちは自分たちがつくる」という理念を掲げる基本条例。市民と市が共に責任と役割を分担し協働することで、主体的なまちづくりの推進を図ることを目指し制定された。

その言葉どおり、新山はすでに市の計画づくりの内側で、手を動かしている。その象徴が、2024年2月に宣言された市のブランド戦略「つくる、さばえ」。共訳書、エツィオ・マンズィーニ『誰もがデザインする時代のデザイン』の共訳などで知られる参加型デザイナー・森一貴らとともに、新山もその策定に携わった。

新山「いまは市の毎年度の事業案が、すべて『つくる、さばえ』に紐付けられるルールになっているんです。僕らはアドバイザーとして、来年度の計画づくりにも入っていて。いま僕が担当しているのは、5年に一度改訂される教育委員会の教育ビジョンです。かなり上流の工程から手伝える、やりがいしかない仕事ですよ」

千年の歴史の、霞のような13年

最後に、自身のいまの役割をどう捉えているかを訊いた。返ってきたのは、新たな肩書ではなく、どの肩書にも収まらないことを引き受ける、新山らしい表現だった。

新山「どうやったら、この街にもっといい空気をつくっていけるのか。そのために、もう、七変化ですよね(笑)。自分たちが最前線でやるときもあれば、一歩引いて間に入るときもある。何でもやる。必要に応じて、自分のやれることをやっていくだけです」

「つくれなくなる時代」への答えは、まだない。だが、答えの探し方なら、この街で17年かけて磨かれてきた。

ローカルブームが引いたいま、地域に関わる仕事では、腰を据えた本物と、流行に乗っただけの偽物とが、はっきり見分けられるようになったと新山は言う。両者を分かつのは、その土地への愛情とリスペクトだ、と。

新山「僕らでさえ、この街のものづくり千年の歴史からすれば、霞のような13年をやらせてもらってきただけなんです。たまたまこの時代に、この仕事で食わせてもらっている。だからこそ、この時代の仲間たちとより良くしていきたいという想いは強いです。

そうやって培ったものを、次の世代につなげて、絶やしてはいけない。『RENEW』は今回で12年目ですけど、『マンネリ』という言葉は一度も出たことがないんですよ」

新山は鯖江の地で、今日も誰かの間に立っている。職人とデザイナーの間に。行政と市民の間に。つくる人と買う人の間に。

千年続く産地の歴史から見れば、霞のような時間かもしれない。それでも、見過ごされそうなものに眼差しを与える人がいるかぎり、この街のものづくりは、「つくれなくなる」その手前で、何度でもかたちを変えていけるのではないだろうか。

その営みを、新山は「インタウンデザイナー」と名付けた。その言葉が指す範囲は、名付けた本人の手を離れて、いまも広がりつづけている。

Credit
取材・文
栗村智弘

個人事業主。職能は取材・執筆・編集およびプロジェクトマネジメント。De-Silo/Unknown Unknown/U-NEXT/Studio/DeltaX/B-Side Incubator/ANTHROほか複数の事業会社・スタートアップで継続的に活動中。1996年度生まれ。早稲田大学文学部卒。競技歴は野球、バスケットボール、空手、陸上、ハンドボール。猫とうさぎと神奈川県在住。

撮影
今井駿介

1993年、新潟県南魚沼市生まれ。(株)アマナを経て独立。

編集
小池真幸

編集、執筆(自営業)。ウェブメディアから雑誌・単行本まで。PLANETS、designing、CULTIBASE、うにくえ、WIRED.jpなど。

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